二人の距離





「あの・・・ずっと好きだったんだ・・・。もし、良かったら・・・」

 そう言って、恥ずかしそうに俯くのは、同級生の男子生徒だった。
 容姿は十人並みだが、明るく面倒見のいい性格で、友達は多い。
 リナも役員や学校行事で、何度か話したことがあった。
 しかし、それだけである。
 たったそれだけのやり取りで、一体自分の何が彼の琴線に触れたのか、リナには分からなかった。
 いつもなら、面倒だなと断っているところである。
 しかしその時の彼女は少しだけ…そう、少しだけ、そう言ったことに興味があった。

「いいわよ」
「えっ!?」

 リナの返事に、彼は目を丸くしてこちらを見る。
 まさか、OKを貰えるとは思ってなかったのだろう。
 喜ぶでもなく、ただ驚愕している彼に、リナはにっこりと笑いかけた。

「今日からよろしくね」





 バタバタバタバタと、騒々しい足音が廊下から響いてくる。
 その足音は、確実に近づいてきて、そして、

「リナ!!!!!」

 鼓膜が破れんばかりの、そんな絶叫とともに、教室のドアが開かれた。
 名前を呼ばれたリナは、目を丸くして入り口を見る。

「なんだ、アメリアか」

 別のクラスになった親友の登場に、リナは気の抜けた顔で呟いた。
 そんなリナの態度とは反対に、アメリアはズカズカと大股で彼女の机に近付いてくると、バンッと両手を机の上に打ち付ける。

「なんだじゃないわよ!!!」
「ちょっ、何怒ってるのよ、あんた」

 耳元で大声で叫ぶのはやめて欲しい。
 そう思いながら、リナは顔を顰めた。
 しかしアメリアは、構わず声を張り上げる。

「聞いたわよ!リナ、告白されてOK出したらしいじゃない!」
「ああ、なんだ、そのこと」

 気のない返事を返すと、リナは興味を失くしたように鞄からイヤホンを取り出した。

「なんでわたしに一言も言ってくれないのよ!?」
「なんでって・・・面倒じゃないそんなの」

 心底そう思っているのだろう。
 アメリアがこんなに怒る理由が理解できないと言わんばかりに、リナは彼女を見やる。
 元々、リナは女子特有のツルみ合いが好きではない。
 一緒にトイレに行くとか、お揃いの物をみんなで買うとか。
 普段はアメリアもリナのそう言うところを尊重しているし、特に強制したりはしなかった。
 が、それとこれとは別問題だ。

「面倒って!!! わたしたち親友じゃない!!!」
「ちょっ、アメリア、そんな恥ずかしい台詞、大声で言わないでよ・・・」
「だいたい、付き合うって、ガウリイさんはどうするのよ!?」
「ガウリイならそこにいるわよ」
「よっ」

 リナの前の席の椅子を陣取って、気軽に片手を上げてきたのは、ガウリイだった。
 頭に血が上っていたせいで、リナ以外まったく見えていなかったらしい。
 リナとアメリアは中学からの付き合いだが、ガウリイは高校に入ってからの仲だ。
 最初は、あまりに勉強が出来ないガウリイに、リナがあれこれ教えてやると言う関係だった。
 物覚えの悪いガウリイに、リナは毎日頭を悩ませていたのだが、気が付けばなんやかんやと一緒にいることが増えていた。
 まさか付き合っているんじゃ・・・と勘繰るものもいるし、実際アメリアもそう思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
 リナにとってガウリイは、気の合う男友達と言った感じらしく、またガウリイも、リナを特別意識しているような感じはなかった。

「ガウリイさん、なにしてるんですか!?」
「何って、リナがごーふぁー・・・なんとかってのの、新曲聞かせてくれるって」
「ゴードファールよ、いい加減覚えなさいよ」

 言いながら、リナがイヤホンを片方ガウリイに差し出した。
 もう片方は、自分の耳に差す。

「ほらこれ、いいでしょーこの曲!」
「・・・なんか、いつもと感じちがうな」
「そうなのよ! 今年は新しいことにチャレンジしたいって言ってたけど、こう言う曲も書けるのね」

 話が弾む二人の姿を、呆然と見ていたアメリアだったが、

「そうじゃなくて!」

 思わず、全力でツッコむ。

「リナに彼氏が出来たんですよ!? なに悠長にしてるんですか!?」
「なにって・・・別にいいだろ、彼氏くらい」
「い・・・いい訳ないでしょ!」
「なんでだ?」

 さも当然のように聞き返すガウリイに、アメリアは言葉に詰まった。

「だ、だって彼氏が出来たら、いつもみたいに遊んでもらえなくなりますよ!」
「そうなのか?」

 その問いは、リナに投げかけられたものだ。
 リナは曲を口ずさみながら、

「どうかしら?」

 と答える。

「あっ、でもあたし、今日はあんたと一緒に帰れないから」
「なんでだ?」

「彼氏と帰るに決まってんでしょ」
「でも今日、あそこのケーキバイキングの店の半額デイだろ?」
「あっ、そうだった。じゃあ帰りに寄っちゃおー」
「あああああ、ずるいぞ!」

 呑気に会話をする二人を、アメリアは蚊帳の外で眺めていた。
 ふと、リナが時計に目をやる。

「もう時間だ。じゃあね、また明日」

 鞄を手に取り、機嫌よく去って行くリナの後ろ姿を、ガウリイとアメリアは見送る。

「ずるいよな、リナ。あそこのケーキバイキング、男だけじゃ入れないのに・・・。そうだ、アメリア一緒に・・・」
「行きません!」

 きっぱりと、アメリアは大声で断った。



 女の子たちのひそめく声が、店内の至る所から聞こえる。
 少々場違いな雰囲気に、彼はオドオドと辺りを見渡した。

「ほら、こっち」

 リナが手を振ると、慌ててテーブルまで向かった。
 向かい合わせの、小さなテーブル席。
 リナはソファーの上の鞄を置く。

「悪いわね、付き合わせて」
「いや、全然。でも初デートだね、これ」

 緊張しているのか、自分で変なことを口走り、慌てて笑って誤魔化す彼を、リナは苦笑しながら見詰める。

「こう言うところ初めて来たから、緊張するなー。やっぱり、女の子の方が多いんだね」
「ここはね、女の子同伴じゃないと、男だけじゃ来れないのよ。ほら、時間ないんだし、早く食べちゃいましょ」
「あっ、うん」

 フォークを掴んで、リナは持ってきたケーキの攻略にかかった。
 ショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、チーズケーキ、柑橘のタルト。
 テーブルを埋め尽くさんばかりの勢いで持ってきたケーキたちだったが、あっという間にその姿は消え去る。

「・・・・・・結構、食べるんだね」
「そう? まっ、普通の女の子よりは食べるわね。あなたは、甘いもの嫌いだった?」
「あ〜・・・そうじゃないんだけど・・・」

 彼は三つほどケーキを持ってきていたが、結局食べきったのは一個だけだ。
 残りのケーキは、どちらも同じくらい減っていたが、そこで止まっている。

「残すと、追加料金取られるわよ?」
「ど、どうにか食べるよ・・・。女子の方が、甘いもの食べれるんだね、やっぱり」
「そんなことないわよ。ガウリイなんて、あたし以上に食べてるわよ」

 ガウリイと、リナが発した途端、彼の顔色がわずかに変わった。

「ガウリイって・・・」
「あたしと同じクラスの、剣道の特待生で入った、ほらあのバカ」

 言い方は悪いが、こう言えば大概の人には通じる。

「あー・・・あいつ、ね。仲いいの?」
「そうね、よく一緒に遊びに行くけど。今日もここに来たがってたわよ。一人じゃ入れないからさ」

 ケタケタと笑うリナを見て、彼は居心地が悪そうに顔を背けた。

「あの、さ」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
「なに?」

 ケーキを頬張り、リナはきょとんと目を丸くする。

「そいつと、もう二人で会ったりしないでほしいな・・・」
「はあ?」

 彼の台詞に、リナは素っ頓狂は声を上げた。

「なんでよ?」
「だって、男と二人なんて、あんまりいい気しないし」
「あいつはただの友達だって」
「友達でも、嫌なんだよ、俺は」

 ふーんと、リナは冷めた目で彼を見る。
 つまり、選べと言うことなのだろう。
 自分を取るか、それともガウリイを取るか。

「いいわよ」

 リナの返事に、彼は弾かれたように顔を上げた。

「じゃあ・・・」
「ただし、ここのケーキ、十個完食できたらね」

 にっこりと微笑むリナを、彼は呆然と眺めていた。





「で、結局どうしたの?」
「五個目でギブアップしてたわ。まっ、頑張った方じゃないの?」
「そうじゃなくて」
「ああ、もちろん振ってやったわよ。あたしを束縛しようだなんて、いい度胸だわ」

 リナからの報告を受け、なるほどこうなったか、と、アメリアは一人頷いた。
 彼の言うことが、理不尽だとは思わない。
 本人が友達と言い張ったところで、異性と仲良くしているのは、やはり胸中穏やかではないだろう。

「なんか、心配したわたしがバカだったわ」
「? どういう意味?」
「いいの、聞かなかったことにして」
「おーい、リナー」

 校庭から声がする。
 窓から覗けば、袴姿のガウリイが、こちらに向かって手を振ってた。

「約束、忘れてないよなー?」
「忘れてないわよ! いいから、とっとと着替えて来なさいって!」
「約束って?」

 剣道場へと消えていくガウリイの後ろ姿を見送って、アメリアが問い掛ける。

「だから昨日、ガウリイをケーキバイキングに連れて行かなかったでしょ。ずっとグチグチ文句言うから、じゃあ今日はあたしの奢りで連れて行ってあげるわよって話になったのよ」
「へえ、リナが奢るの? 珍しいわね」

 人に奢らせても、人に奢ることなんかこれまで聞いたことがない彼女の珍しい行動に、アメリアは目を丸くする。

「ずっと恨まれるよりマシよ。それに、やっぱこう言うのは、一緒に食べてくれる人といかないとね」

 楽しげなリナの表情。
 結局、この二人はずっとこんな感じなのかも知れないと、思いながら、アメリアはリナに笑いかけた。



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