アパートまで、後ほんの数メートルのところに差し掛かり、ガウリイは顔を上げた。
 小さな一軒家越しに、ちょうど自分の部屋が見て取れる。
 そこから、微かに明かりが漏れているのを確認すると、ガウリイの頬は思わず綻んだ。
 少しだけ、歩くスピードが速くなる。
 それにつられて、さっき立ち寄ったコンビニの袋が、楽しげに左右へと揺れた。
 階段を一段飛ばしで駆け上がり、一番角の、自分の部屋の前に着くと、鍵を出そうとした手をちょっと止めて、呼び鈴を押してみる。
 待つことしばし。
 ガチャっと、内側から鍵が開いて、そっと扉が開けられる。

「自分の家なんだから、チャイムなんて鳴らさないで、勝手に入って来たらいいじゃない」

 顔を覗かせたリナが、呆れたようにそう言う。
 ガウリイは嬉しそうに笑うと、リナの後に続いて部屋へと入った。
 その途端、温かな香りが、優しく彼の帰りを出迎えてくれる。

「いい匂いだな。なに作ってるんだ?」
「クリームシチュー。まだ出来てないわよ。思ったより、早く帰ってくるんだもん」
「今日はリナが来るって言ってたからな」

 靴を脱いで、冷蔵庫にさっき買ったコンビニのプリンをしまう。
 リナが以前、好きだと言っていたものだ。
 きっと食後のデザートになるだろう。
 そのついでに、ガウリイは脇に置かれていた大鍋の蓋を、そっと取った。
 ふわりと立ち上った湯気が、彼の顔を擽る。

「旨そうだな」
「ここはいいから、さっさと着替える」

 リナに軽く頭を小突かれ、ガウリイは名残惜しそうに鍋から離れた。
 もう少し、匂いだけでも堪能したかったが、仕方ない。料理中のリナの邪魔をすると、下手をすれば飯抜きだ。
 スーツを脱いで、適当な部屋着に着替えると、ガウリイは炬燵へと潜り込んだ。
 すでに炬燵はぬくぬくに温められていて、冷えたガウリイの体を優しく癒してくれる。
 台所からは、リナがなにかを切っているのだろう、包丁がまな板を叩く軽やかなリズムが聞こえてきた。

「やっぱ、いいよなー」

 炬燵に頭を乗せて、その温もりを堪能しながら、ガウリイは思わず呟いた。
 独り暮らしは気楽だけど、やっぱり寂しいと思う時もある。
 特に冬になり、帰った時部屋がひんやりと静まり返っていると、余計だ。
 温まってきたお陰で、今度は少し眠くなる。
 リナが食事の準備をする音を聞きながら、少しの間うとうとしていると、

「なに寝てるのよ」

 不意に声を掛けられて、ガウリイは慌てて体を起こした。
 覗き込むようにしてこちらを見ていたリナと目が合うと、彼女はくすくすと笑いだす。

「涎、付いてるわよ」
「えっ?」

 リナに言われ、ガウリイは慌てて自分の口元を拭う。

「はい」

 そんなガウリイの前に、ことんと、湯気の立ちマグカップが置かれた。
 中から漂うのは、甘い香り。

「ココア?」
「牛乳が余ったからね。置いといても、ガウリイ腐らせちゃうでしょ?」

 言いながら、リナはガウリイの斜め前の位置に座る。
 小さな炬燵は、二人も入ったらすぐに一杯になってしまうので、ガウリイは慌てて胡坐を掻いた。
 ふうふうと、息を吹きかけながらそっとカップに口を付けるリナを見て、ガウリイも同じようにカップを傾ける。
 蕩けそうなほど甘ったるい香りが、口一杯に広がった。

「美味しい?」
「ああ」
「疲れてると、甘いものが欲しくなるのよね」

 眠ってしまったガウリイを見て、わざわざ作ってくれたのか。
 じんわりと、ガウリイの胸が温かくなる。
 暖かい部屋も、美味しいご馳走も、全部が嬉しいけれど。
 一番嬉しかったのは、帰ってきたガウリイを出迎えてくれた、リナのあの笑顔だった。

「なあ、リナ」
「なに? もうご飯食べる?」
「そうじゃなくて」

 明るすぎる白色灯の下。
 ムードもへったくれもないけれど、それでも、今どうしても伝えたかった。
 首を傾げるリナに、ガウリイは満面の笑みで、告げる。

「結婚しようか」








ホットココアの夜







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