それなりに大きな公園にあるベンチを独り占めして、ガウリイはなにをするでもなく、ぼんやりと空を眺めていた。
 青い空には、薄っすらと靄みたいな雲がかかっている。
 はっきりとしない空模様は、どことなく、今の自分を体現しているようで、知らずガウリイはため息を漏らした。

「ちょっと、兄ちゃん!」

 その時、ふいに声をかけられて、ガウリイは緩慢な動作で顔を下げる。

「こんなところで、ぼーっと座り込んでたら、子供たちが怖がるんだけど」

 そう言って、二、三歩間を開けた先に立っていたのは、十歳前後の少年だった。
 少年の背後からは、彼と同じかそれよりも幾らか年下っぽい少女が二人、不安そうな目でこちらを見つめている。
 なるほど、確かに、剣を持った傭兵が公園のベンチを占領していたら、威圧感はあるだろう。
 だけど、公園はみんなのものだ。
 ただ座っているだけでそんなことを言われるなんて、あんまりではないだろうか?
 そうは思ったものの、ガウリイは、それを言葉にして子供たちに向かって投げかけることは、早々に諦めた。
 元々、弁が立つ方ではない。無口と言うわけではないが、相手の切り返しには、いつも的外れな返事を返してしまうのが常で、それでよく、相棒にも飽きられているからだ。

「誰だ、坊主?」

 どうせ的外れなことしか言えないなら、最初から受け答えすることを放棄して、ガウリイは尋ねた。

「坊主じゃない。それに、知らない人に名前言っちゃいけないんだぞ」

 おおっと、ガウリイは感心した。
 なんと賢い子供だろう。もしかしたら・・・いや、もしかしなくとも、自分より頭が回りそうだ。
 素直に感服するガウリイを見て、少年は、呆れたように肩を竦めた。

「あのさ、兄ちゃん。なにがあったか知らないけど、そんなところでボーッとされてたら、おれの彼女たちが怖いって言ってるの。言ってること分かる?」

 なんと物怖じしない少年だろうか。
 それとも、ガウリイが呆けているので、馬鹿にされているのだろうか?
 後者の可能性は大いにあったが、それに憤りを感じるより先に、ガウリイは率直に頭に浮かんだ疑問に首を傾げた。

「彼女、たち?」

 文脈から察するに、それが三人称でないことくらい、ガウリイにも理解できる。
 しかし、だったら複数形はおかしくないだろうかと、考えるガウリイに、少年はケロリとした様子で後ろの少女たちを指し示した。

「そう、こいつら、おれの彼女なんだ」

 呆気にとられて、思わず目が丸くなる。
 この少年がませているのか、それとも最近の子供はこれが普通なのか、もちろんガウリイに判断はつかない。
 だが少なくとも、自分が子供の時はこんな風ではなかった。
 少女二人とお付き合いをする少年は、そっち方面の経験値は、明らかにガウリイよりも上のように思える。
 だからガウリイは、思わず少年の肩を、力一杯鷲掴みにした。

「すまん! オレの話を聞いてくれ!」

 突然のことに、少年は顔を引きつらせ、ガウリイのことを見返していた。







「つまり、話を纏めると」

 あれから、ガウリイの身の上話を聞かされた少年は、どことなくうんざりしたような顔で口を開いた。
 少年の彼女であると言う少女たちは、遠巻きにこちらを様子を見ている、

「最近、一緒に旅をしている女の子のことが、気になって仕方ないと」
「まあ・・・そうなるかな・・・」

 そう纏められると、なんだかちょっと違う気もするが、何が違うとははっきりと言えず、ガウリイは口ごもった。
 女の子、とは、つまりリナのことである。
 一緒に旅をするようになって、もう半年以上経つだろうか。
 だと言うのに、最近になって、リナをどう扱えばいいのか分からなくて、困っている。

 最初の頃は、そんなこともなかった。
 世界が滅ぶかもしれない――そんな死線を、一緒に潜り抜けたせいかもしれない。
 とにかく、気の置けない関係になるのは早かったし、相棒として、それなりに気持ちのいい距離感を保てていたと思う。
 それが狂いだしたのは・・・そう、あれは指名手配をされて、どこかの村でうっかり捕まった時のこと。
 見張りの男たちが、気でも迷ったのか、リナに手を出そうとしたのだ。
 自分の機転で、その場は何事もなく切り抜けることが出来たが、その時見せた、リナの怯えた表情に、間の抜けた話だが、ようやくガウリイは気が付いた。
 彼女が、まだ十五歳の女の子であることに。
 魔道士としての実力や、荒事に場馴れした態度で、そんな当たり前のことをすっかり忘れていたのだ。
 それまで、傭兵仲間にするように、彼女に発していたセクハラ染みた発言が、一気に減った。

 そして、更に決定的なことが起こったのである。
 ついこの間まで、巻き込まれていたセイルーンのお家騒動。
 その騒ぎに乗じ、リナが命を狙われたのだ。魔族によって。
 正直、かなり危なかった。
 死ななかったのが奇跡なほど、リナがガウリイの前で、瀕死の状態にまで追い込まれていた。
 なぜそんな目に合ったのか、それは今でも分からない。
 だが、あれから、ガウリイの中でリナに対する気持ちが、決定的に変わった気がするのだ。

「気になるって言うか、元々危なっかしい奴ではあったし、フォローしてやらないととは思ってたんだが・・・」

 言葉にしようとすると、難しくて、ガウリイは腕を組んで首を捻る。
 それ自体は、今でも変わらずにそう思っているのだが、

「なんて言うんだろうな・・・それだけじゃダメなんだなって、もっとこう、女の子なんだし・・・」
「守ってやらないとって?」

 少年の台詞に、うーんとガウリイは唸る。
 それが、一番しっくり来る気はした。が、

「やっぱり、変だな」
「? なにがだよ」
「守ってやるなんて思うのが。今回は、ちょっと死にかけたりしたけど、元々守ってやる必要なんてないくらい、強い奴だし・・・」
「兄ちゃんの考えの方がおかしくないか? 別に強くったって、好きなら守ってやりたいと思うだろ?」
「いや、そう言う一般論で語れないくらい強い・・・」

 そこまで言いかけて、ガウリイはハタと言葉を切った。

「今、なんて言った?」
「?」
「オレが・・・リナを好き、だって・・・?」
「違うのか?」
「な・・・」

 きょとんと首を傾げる少年に、

「ないないないない! それはない!」

 傍目に見てて飽きれるくらい、ガウリイは慌てふためいてぶんぶんと首を横に振る。

「だって、リナだぞ!? ケチだしがめついし、食欲ばっかりで色気はないし、自分勝手ですぐに暴力振るうし!」
「それだけスラスラ悪口が出てくるのも、たいしたもんだと思うけどね」

 ひょいっと、少年がベンチから勢いよく飛び降りた。

「母ちゃんが言ってたけど、好きも嫌いも同じくらい、相手のことが気になる証拠なんだってさ」

 振り返った少年が、どこか不敵に笑う。

「兄ちゃんも、もういい大人なんだし、いつまでも捻くれてんなよ。じゃあな!」

 子供らしからぬことを言い残
して、少年は走って行く。
 公園の出口付近で、少女たちと合流すると、そのまま三人揃って立ち去って行った。
 一人残されたガウリイは、呆然とベンチに座ったまま、少年の言葉を反芻する。

「オレが、リナを好きだって?」

 そんな訳ないと、叫ぶ理性。
 だけど、それとは別のところで、理性とは正反対の声が囁いている。

「〜〜〜」

 両手で顔を覆って、ガウリイは空を仰いだ。
 顔の熱が冷めるまで、もう少しだけ帰れそうにない。







straysheep
(迷える羊)




161201