ヒュンッ、ヒュンッ

 裏庭に響く、空を切り裂く甲高い音が響く。
 陽光を受け、妖しく光る刀身が、木立の陰で美しく舞っていた。

「はあっ!」

 気合の籠った声で、剣が一閃する。
 訪れた静寂。張りつめた空気を壊したのは、気の抜けたため息だった。

「ふう・・・」

 剣を鞘に戻す。額から顎に流れ落ちた汗を、ガウリイは手の甲で拭った。
 この町に留まって、早三日。
 それから毎日のように、ガウリイはこの裏庭で、剣を振るっている。
 なんでも、リナが昔の伝手で、ここの魔道士協会に保管してある魔道書を、見せてもらえることになったらしい。
 とても貴重で、珍しいものだそうだ。
 当然それを読み終わるまで、移動はお預け。ガウリイは、手持無沙汰になった。
 最初は、なにか簡単な依頼でもして日銭を稼ごうかと思ったが、それほど大きくない町に都合よく依頼がある訳もなく、結局体が訛らないように、剣の素振りをするのが日課になっていた。
 上着の裾をパタパタして、籠った熱を逃がす。
 振り仰げば、太陽は今にも山の端にかかろうとしていた。
 ぐうっと、お腹が大きく鳴る。

「腹減ったー・・・」

 夕食まではまだ時間があるが、それまで持ちそうにない。
 軽く何か食べよう。その前に、汗で濡れた服を着替えるかと、ガウリイは宿屋の入り口に足を向けた。
 古い階段を上れば、ギシギシと不気味な音を立てる。
 重みで落ちないよなと、いらぬ心配をしながら、無事二階へと辿り着いた。
 自分の部屋に入ろうとしたガウリイだったが、その時、隣の部屋の扉が、わずかに開いていることに気付く。
 リナの部屋だ。
 思わず、眉間に皺が寄る。

「物騒だな・・・」

 独りごちながら、ガウリイは隣の部屋の前まで移動した。
 そっと、ドアノブに触れると、軋んだ音を立てながら、扉は簡単に開く。

「おーい、リナー?」

 声をかけながら、ガウリイは部屋の中を覗き見た。
 奥に寄せられたベッドの上。そこに、彼女はいた。
 開いたままの魔道書に手を掛けて、すーすーと寝息を立てている。
 無防備な様子に、ガウリイは思わず肩を竦めた。
 ここのところ、夜も遅くまで魔道書を読んでいたようだから、恐らく寝落ちたのだろう。
 本人にしたら、ちょっと仮眠を取るつもりだったのかも知れない。
 開けっ放しにした窓からは、夜の気配を含んだ風が、静かに流れ込んでいた。
 昼間は暑いが、日が沈めば、まだ寒さはぶり返す。
 このままでは、確実に風邪を引くだろう。
 仕方ないなと、胸中で呟くと、ガウリイはそっと部屋に入った。
 ベッドの奥にある窓を閉めようと、腕を伸ばす。リナを起こさないように、慎重に。
 窓は外開きになっていて、指は掠めるがなかなか届かなかった。
 もうちょっと・・・。
 ぐっと、ガウリイは背伸びをした、その時。
 突然の突風が、部屋の中に吹き込んできた。

「うわっ!」

 思わず、ガウリイは声を上げて、後ろに下がった。
 巻き上げられた髪が、視界を遮る。
 慌てて手で掻き上げると、開けた視界に、リナがゆっくりと目を開けるのが見えた。
 まだ夢現を彷徨っているのか、ぼんやりとした瞳が、ゆるゆるとガウリイの姿を捉える。
 靡くカーテンが、彼女の上に柔らかな影を落とした。

「んっ・・・ガウリイ・・・?」

 寝惚け眼をこすりながら、リナが声を出す。
 ハッと、ガウリイは我に返った。

「なにしてるのよ、人の部屋で・・・」

 普段の彼女なら怒ってもいいような場面だが、この時の口調は淡々としている。
 まだ、頭が冴えきっていないのかも知れない。

「いや、窓が・・・」
「窓・・・?」
「寒くなってきたから、閉めようかと・・・」

 うーんっと、大きく伸びをして、リナが起き上がる。
 窓から外を見て、わずかに目を丸くした。

「やば、結構寝ちゃったみたいね」

 パタンと、リナの手で、窓が閉められる。
 拍子抜けするくらい簡単に、風の遮られた室内は、妙な静けさを湛えていた。

「ねえ、お腹空かない?」

 リナが振り返る。そこにいるのは、いつもの彼女だ。
 ベッドから降りると、リナは魔道書を大事そうに抱えると、宿に備え付けられている金庫の中にしまった。
 ついで、魔法で開かないように施錠する。

「ちょっと早いけど、ご飯行きましょ」
「ああ・・・」

 頷いて、ちょっと着替えたいからと、ガウリイは自分の部屋に戻った。
 扉を閉めると、ズルズルとその場にしゃがみ込む。
 顔を手で覆うと、不自然なほど熱いのが分かった。  別に、リナの寝顔なんて、珍しくない。野宿をしている時に、何度も見ている。
 なのに、それなのに。
 どうして今日は、こんなに動揺しているのだろう。

「・・・・・・」

 赤くなった顔を、ぺちぺちと叩く。
 風のせいだ。きっと。
 あんな風が急に吹くから、びっくりして、それで・・・。
 柔らかな影が落ちる、白い肌を思い出す。
 目覚めたばかりの瞳が、自分を写した瞬間の、緋色の鮮やかな色を思い出して、カッと、ガウリイの奥で、沸騰したように血が沸いた。

「なんでだ・・・」

 今まで、ずっと一緒だったのに、なんともなかったのに。



 どうしてこんな急に、意識してしまったのだろう?



 頭を抱えて、ガウリイは立ち上がった。
 いつまでこうしてもいられない。
 お腹が空いたリナは、決して辛抱強く待ってくれたりはしないのだ。
 着替えを手に、ガウリイはノロノロと服を脱いだ。
 この後一体、どんな顔をしてリナに会えばいいのか、そればかり考えながら。







gust
(一陣の風)




170514