朝から広がっていた、どんよりとした雲から、ぽつぽつと雨粒が降ってきたのは、昼を迎える少し前のことだった。
 窓から眺めていくうちに、雨足はどんどん強くなっていく。

「やっぱり、出発しないで正解だったな」

 雨に煙る村を見て、ガウリイがポツリと呟いた。
 その隣で、露骨に不満そうに、鼻を鳴らす音が聞こえる。

「もう! なんでこのタイミングで降るわけ!?」

 怒っても仕方がないことで、唇を尖らせる彼女に、ガウリイは思わず苦笑した。

 リナとガウリイが逗留しているこの村は、名前を聞いたこともないような、小さな小さな村だった。
 昔は、この先にある大きな街の中継地点として、それなりに栄えていたそうだが、何十年か前にここより北に新しい街道が出来たことで、一気に寂れたのだと言う。
 今では、わずかな村人が、小さな畑を耕しながら、細々と暮らすだけだった。
 そんな場所だから、当然、娯楽施設なんてそんな上等なものが、あるはずもなく。
 ここで足止めを食らうと言うことは、なんの面白味もない一日が始まることを、意味していた。

「まあ、そう言うなって。たまにはいいじゃないか、こう言うのも」
「なにがいいって言うのよ!」

 窓の桟をダンッと叩き、リナが立ち上がる。

「魔道士協会もない、魔法道具屋もない、せめて図書館でもあればいいけどそれもない! こんな場所で、一体どうやって暇をつぶせって言うのよ!」

 リナの憤りも、しかしガウリイにとっては、まったくの他人事だった。
 なにせ、彼女が上げたそれら施設は、ガウリイにはこれっぽっちも馴染みのない場所ばかりだからだ。

「せめて、名物料理さえあれば・・・」

 心の底から、絞り出すように呟かれた台詞に、ガウリイは思わず苦笑した。





 雨は、嫌いではない。
 元々、ガウリイの故郷では、雨はさほど多くは降らなかった。
 国の東に位置する滅びの砂漠のせいで、水は貴重で、水遊びなんて絶対に許されない。
 それが、唯一許されるのが、雨の降る日だった。
 雨が降れば、子供たちはみんな、外に躍り出る。
 そして、ドロドロになるのも構わずに、みんなで遊びまわるのだ。
 囁くように降る雨音を聞きながら、ガウリイは昔のことを思い出していた。
 懐かしさに、目を細める。
 止まっていた、剣の手入れを再開させようとした、その時、雨音に混じり、微かに規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
 ガウリイは振り返ると、背もたれにしていたベッドの上に、視線を向ける。
 さっきまで、もういい加減読み飽きたと文句を言いながら、手持ちの魔道書に目を通していたリナが、いつの間にかすやすやと寝入っていたのだ。
 あどけない寝顔からは、普段の傍若無人さなど微塵も感じられず、ガウリイはついつい笑みを零す。

「んー・・・」

 小さく呻いて、リナが身動ぎをする。
 その動きに合わせて、柔らかな栗色の髪が、肩口から流れ落ちた。
 もぞもぞと、シーツの上で丸くなるリナを見て、そうか寒いのかと、遅まきながらガウリイは気付く。
 雨が降っているせいで、気温が下がったのだろう。
 慌てて毛布を持って、リナの上に被せてやる。
 彼女はそのぬくもりを感じるように、頬ずりをすると、再び小さな寝息を立て始めた。
 本当に、小さな子供のようだ。
 ガウリイはそっと手を伸ばすと、彼女の顔にかかった髪を、静かに掻き分ける。
 胸の奥に芽生える、温かな感情。
 それがなにか、まだ気付かないままガウリイは、リナの寝顔に、密やかに見入っていた。












caress
(優しく触れる)


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