汲んだばかりの井戸水は、身を切る程冷たくて、

「冷てっ!」

 リナは思わず小さく叫んだ。
 最近暑くなったと思っていたが、まだ初夏に差し掛かったばかりなのだと言うことを、身を以て思い知る。
 ついでに水浴びでもしようかと思っていたが、そんな気持ちは一気に失せた。
 大人しく、顔だけ洗う。
 それでも十分痺れるような冷たさに身悶えしたが、お陰ですっかり目は覚めた。

「今日は町まで出れるかなぁ・・・」

 行程を考えると、急げば今日の夜に着くことも可能である。
 今夜こそはベッドで眠りたいなーなどと、昇りつつ太陽を見ながら考えていると、

「おはよー、リナ」

 まだまだ眠たそうな声が飛んできた。

「おー。おは・・・」

 よう、と言いかけて、振り返ったリナは、そのまま固まってしまう。
 野宿に使った山小屋から、目を擦りながら出てくるガウリイ。
 昨夜は少し蒸し暑かった。それは認めよう。だからどんな格好で寝てたって、別に文句を言うつもりはない。
 だが、

「わたしも顔洗おー。リナ、タオル・・・」

 バシッと、リナは手に持っていたタオルを、ガウリイの顔面に向かって投げつけた。

「ちゃんと服着てこい、お前は!!!」

 タンクトップ一枚で外に出てくるのは、幾らなんでも常識がなさすぎやしないかと。
 不服そうな顔で、再び小屋の中に戻っていくガウリイを見送って、リナはため息を付いた。







「うひゃっ、冷たい!!!」

 井戸の水に手を突っ込んだガウリイは、リナと同じリアクションを取る。
 結局、装具以外はきちんと着替えてきたガウリイは、最初こそ暑いだなんだと文句を言っていたが、井戸水に触ったらそんな気持ちも吹っ飛んだらしい。
 いつまでも水で遊んで、なかなか身支度が進まないガウリイを急かすべきかと、リナが考えていると、

「ん?ガウリイ、髪の毛絡まってるぞ」

 朝日を浴びて、キラキラと光るガウリイの髪が、中程でお団子状に絡まっているのを見つけた。

「えええ、どこどこ?」

 言いながら、ガウリイが身を捩って後ろを向く。
 その動きに合わせて、彼女の髪がサラサラと揺れた。

「ほら、ここ」

 リナは、絡んだガウリイの髪の毛を手に取った。
 真っ直ぐな髪が、さらりと彼の指の間を滑り落ち、ドキッと、一瞬リナの心臓が高鳴る。
 そう言えば、異性の髪に触るなんて、これが初めてだった。
 リナの内心の動揺にはまったく気づかず、ガウリイは「本当だ」と言いながら、絡まった髪を受け取る。

「もう、どうしてこんなことになってるのかしら」

 ガウリイの髪は、なにをどうしたらこうなるのだろうと思うくらい、複雑に絡み合っていた。
 面倒くさそうに口を尖らせ、ガウリイはどうにか髪を解こうとするが、上手くいかない。
 どころか、変なところを引っ張ったり、潜らせるところを間違えたりして、髪の毛はますます意固地に固まってきている。

「・・・・・・ちょっとナイフ・・・」
「だああああ、待て!」

 どうせそんなことになるだろうと思った。
 山小屋に向かおうとするガウリイを引き止め、リナは大きくため息を付く。

「オレがやってやるよ」



「だいたい、ガウリイは適当に引っ張りすぎなんだよ」

 ガウリイの髪の毛を手に取り、リナは一本一本丁寧に解いていった。
 拘束から解放された髪の毛は、あれだけぐちゃぐちゃに絡まっていたにも関わらず、癖一つ付いていない。

「だって〜、こう言う細かい作業って、苦手なんだもん」

 口を尖らせて、ガウリイは足をぶらぶらと揺らしている。

「だからって、切る必要はないだろ」

(こんなに綺麗なのに・・・)

 最後の一言は、口に出さずにそっと心の中だけで呟く。
 太陽の光に翳してみれば、ガウリイの髪の毛は、リナの手の中で様々に色を変えた。
 まるで物語に出てくる宝石みたいだ。
 無理に引っ張ったりしないよう、細心の注意を払って、リナはようやく最後の絡まりを解いた。

「ほら、終わったぞ」

 リナの台詞に、ぴこんっと、ガウリイが立ち上がる。

「わあ、本当だ!!すごい、リナ!!」
「あんたが不器用すぎるんだよ」

 褒められて、悪い気はしないが、照れくさい。
 ガウリイにこんな顔を見られたくなくて、リナはそっぽを向く。

「そんなことより、とっとと準備するぞ。早く支度しないと、また野宿をする羽目に・・・」
「ありがと、リナ!」

 勢いよく飛びついたガウリイが、リナの首にぎゅっと抱きついた。
 無駄に大きな胸が、リナの背中で押し潰され、形を変える感触がリアルに伝わってくる。
 カァァァッと、リナの顔が赤くなる。

「やめろ、このくらげが!!!」

 どこからともなく取り出したスリッパが、ガウリイの脳天に直撃した。







今日も彼女に振り回される







14.03.26