「ええ、一部屋しか空いてないの?」
「そうなんだよ。すまないねぇ」

 申し訳なさそうに顔を顰める宿屋のおばちゃんの顔を見て、リナとガウリイはがっくりと項垂れる。
 そこは小さな村だった。
 滅多に旅人など来ないせいか、宿屋は一件しかない。

「こんなこと珍しいんだけど、なんでも、街道が土砂崩れか何かで、通れなくなっちゃったらしくてね。あんたたち、知ってるかい?」

 おばちゃんの問いかけに、ガウリイはジト目でリナの方を見、リナはさっと視線を逸らした。
 知っているも何も、元凶は全て彼女にある。
 一旦は、リナとガウリイはこの村を通り過ぎて、更に先にある大きな街を目指していた。
 だがその途中で、盗賊たちの襲撃にあったのである。
 尤も、それ自体はたいした問題ではない。この二人に敵う盗賊団など、この世に存在しないのだから。
 問題は、ここ最近の野宿で鬱憤の溜まっていたリナが、嬉々として放った攻撃魔法が崖の斜面に直撃し、土砂崩れが起きたことである。
 元々地盤が緩んでいたのだろう、土砂崩れはかなりの規模で起こった。
 そのため、二人は仕方なくこの村に引き返してきたのである。

「ま、まあ、部屋が一つしかないなら仕方ないわよね」

 話題を変えるように、リナは若干裏返った声を上げると、カウンターの上に置いてあった鍵を引っ掴んだ。

「じゃあ、あたしがこの部屋使うから、ガウリイはその辺で寝ててね」
「ええええええ!」

 不満そうに、ガウリイが声を上げる。

「なんでだよ!?」
「あら、女子供に床で寝ろって言うの?」

 鍵をくるくる回してにっこりとリナが微笑むと、ガウリイは思わず言葉に詰まった。
 それは、まだ会って間もない頃に、ガウリイが言った台詞だ。

「そうは、言わないけど・・・」

 ぼそぼそと、呟くように否定するが、それでもガウリイは納得がいかないと言わんばかりに口を尖らせる。
 まあ、この事態を引き起こしたリナがの、うのうとベッドで寝ようと言うのだ。
 納得できる者の方が少ないが、だからと言って、リナはこの権利を譲るつもりなど毛頭ない。

「じゃあおばちゃん、悪いけど、毛布かなんか貸してくれる?」
「それは構わないけど、いいのかい?」
「いいのいいの。壁と屋根があったら、文句は言わないわよね。さてと、あたしはゆっくりお風呂でも入ろうかなー」

 久々の宿に解放感を感じて、うーんと伸びをするリナだったが、その背後で、

「えっ、部屋ないの? じゃあ、わたしの部屋においでよ!」

 そんな、不穏な声が聞こえて、彼女は目を丸くする。
 振り向くと、おばちゃんの横でカウンター越しに身を乗り出している、まだ若い女の姿が見えた。
 リナと同じか、もしかしたらもう少し上かも知れない。
 彼女の視線は、真っ直ぐガウリイの方に向けられていて、リナにはまったく気付いていない風だった。

「これアン! お客様になんてこと言うの!」

 どうやら、おばちゃんの娘らしい。
 母親の叱責に、しかし彼女はまったく堪えた様子も見せず、カウンターの向こうでぴょんぴょんと跳ねていた。

「だって、こんなところで寝るなんて可哀想だよ、床も硬いし。あたしのベッド狭いけど、まあくっついたら一緒に寝れるよ?」
「これ!」
「いや、オレは別にここでもいいんで・・・」

 彼女の勢いに押され、ガウリイは曖昧に笑うと、慌てて距離を取ろうとする。

「そんなこと言わないでさ! ほら、わたしの部屋こっちだし、案内するよ」

 カウンターから出てきて、彼女が不躾にガウリイの腕を掴んだ、その時、

 バンッ!

 叩きつけるように、リナがカウンターに両手を置いた。
 その音の大きさに、ガウリイや少女は元より、おばちゃんも驚きに目を丸くする。

「おばちゃん、悪いんだけど、毛布あたしの部屋まで運んでくれる?」

 にっこりと微笑みながら、しかししっかりと青筋の立ったこめかみを見て、おばちゃんは無言でこくこくと頷いた。
 きょとんとする彼女の手を、リナは容赦なく払いのけると、ガウリイの髪を掴んでずんずんと歩き出す。

「ちょっ、リナ、痛いって!」

 ガウリイが抗議の声を上げているが、そんなものは無視である。
 二階の一番奥の部屋に辿り着くと、リナは乱暴に扉を開けた。
 狭い部屋だ。ベッドと、小さな机と、後は鏡くらいしか置いていない。

「おーい、リナー?」

 部屋の真ん中でリナが立ち尽くしたので、とりあえずガウリイは扉を閉めた。
 と、

「いい!?」

 突然、リナは振り返ると、びしっとガウリイに人差し指を突き付ける。

「あんたは床で寝るんだからね!? へ、変なことしたら、攻撃呪文ぶち込むわよ!?」

 真剣な面持ちで告げるリナを見て、

「ぷっ!」

 思わず、ガウリイは吹き出した。

「なに笑ってんのよ!?」
「いや、ちがっ・・・なんでも・・・」

 首を振って否定するが、すでにガウリイはおなかを抱えてくつくつと笑っていたため、なんの説得力もない。
 一頻り笑って、ようやく落ち着いたのか、ガウリイはリナの方へと向き直った。
 尤も、まだ若干顔はにやけているのだが。

「分かった分かった。ちゃんと床で寝るし、お前さんにもなんもしないから」

 誓うように片手を上げるガウリイを見て、リナはちょっとホッとした様な面持ちになる。

「でも、だったらカウンターの前でも良かったのに、オレ。別にわざわざお前さんの部屋に来なくっても、良かったんじゃないのか?」
「っ、そ、れは・・・」

 言葉を詰まらせるリナの顔が、見る見るうちに赤くなる。
 その変化を見て、ガウリイはにやにやと頬を緩ませた。

「それは?」
「〜〜〜」

 先を促すと、リナはキッとガウリイを睨み付ける。

「あんなところであんたが寝てたら邪魔だからよ、バカ!!!」

 どこに隠し持っていたのか、リナの取り出したスリッパが力一杯振られる。
 スパーンと、小気味のいい音が、夜の宿屋に響き渡った。







She is not straightforward







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