「お姉様ー!!!」

 絹糸のような細い金髪を靡かせて、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる少女に、あたしは顔を引きつらせる。

「エルザ・・・」
「ねえお姉様、クッキーが焼けたんですって。お庭でお茶にしましょ?」

 いいでしょ?と聞きながら、こちらの返事は一切待たず、あたしの腕をぐいぐい引いて、エルザが歩き出した。
 それに逆らうことも出来ないまま、あたしは大きなため息を漏らす。





 そもそもの発端は、娘の護衛をしてほしいと言う、とある金持ちの依頼を受けたことに始まった。
 寄宿学校に通っている一人娘らしいのだが、学校で問題が起こり、しばらく家に帰ってきているらしい。
 両親は仕事で忙しく、あまり面倒を見ていられない。
 年頃の友達も近くにおらず、家で退屈そうにしている娘を不憫に思い、あたしたちに白羽の矢が立ったそうだ。

「リナ=インバースさんのご高名は、私どもも伺っております。よければあの子に、旅の話でもしてやって下さい」

 正直、楽勝な仕事だと思った。
 依頼は住み込みで、三食とおやつ付き。別に命を狙われている訳じゃないから、夜はふかふかのベッドで寝られる。
 あたしが、二つ返事で頷いたのは、言うまでもないだろう。

 最初の数日は、平和に過ぎていった。
 エリザはちょっと世間知らずな普通の女の子で、あたしたちの旅の話を、実に楽しそうに聞いていた。
 それが狂ったのは、三日前。
 街に行きたいと言うエリザの要望に答え、あたしとガウリイが護衛と言う形で付き添って外出した際、少々性質の悪い奴らに絡まれたのだ。
 それ自体は、別になんら問題はなかった。
 しょせん相手は街のごろつきで、あたしの敵ではない。
 魔法で吹っ飛ばし、ものの数秒で相手を黙らせたあたしに、彼女は瞳を輝かせて言ったのだ。

 お姉様――と。





「本当にあの時のお姉様、かっこよかったですわ! わたくし、見惚れてしまいました・・・」

 手を組み、うっとりと空に思いを馳せるエルザ。
 あたしは、苦笑いを浮かべるしかできない。
 なにがエルザのツボにハマったのか、それ以降あたしは彼女のお気に入りとして、しつこく付き纏われることになった。
 食事の時間は元より、お風呂の時も、寝る時だって、あたしと一緒にいようとする。
 正直、勘弁してもらいたい・・・。
 彼女が通っているのは、育ちのいいお嬢様を集めた学校であると言うから、きっと普段からこんなノリなのだろう。

「ねえ、お姉様。旅になんて行かないで、ここでずっとわたくしと一緒にいて下さい!」
「いや、それはちょっと・・・これも仕事だし・・・」
「そんなの、わたくしがお父様にお願いしますいわ!」

 意気込むエルザに、あたしは曖昧に笑って見せる。
 実は、彼女の父親からも、似たような話は受けているのだ。
 こんなに娘が懐くのも珍しい。しばらくここにいてくれないか、と。
 冗談ではない。
 他にも用事があるからと、丁重にお断りしたが、本音を言えばとっとと仕事を切り上げてここから逃げ出したいのだ。
 こっそりと、あたしはため息をつく。

「お姉様、どうしました? もしかして、お疲れですか?」

 うっ、目敏い・・・。
 誤魔化すように、あたしは空笑いを上げた。

「あー、ちょっと昨日眠れなかったから・・・」
「大変! わたくし、おやすみの準備をしてきますわね!」

 ひらりと、長いスカートその裾を翻して、エルザが屋敷の中に駆けこんでいく。
 悪い子じゃないんだけど・・・疲れる。

「なあ、リナ」

 その時、背後から声をかけられ、あたしは固まった。
 あたしが疲れている、もう一つの理由。
 いつまでもそうしている訳にもいかず、渋々振り返ると、そこにはガウリイが腕を組み、あたしのことを見下ろしていた。
 普段は穏やかな表情は、一体どこへ行ったのやら。
 眉間に皺を寄せ、仏頂面を浮かべている彼は、これ以上ないくらい不機嫌オーラを振りまいている。

「まだ続けるのか、この仕事」
「だって、仕方ないじゃない。二週間の約束で受けた話だし・・・」

 残り後一週間。
 延長は死ぬ気で阻止したが、お陰で約束の期日までは、きっちりと仕事をしないといけなくなった。
 先はまだ長い・・・。

「まっ、あんたにはいい話じゃない。後一週間、美味しいご飯食べて、のんびりすればいいだけの話なんだから」

 あたしは、その間ずっとあの子に付き纏われるんだろうけど・・・。
 考えて、げんなりとしていあたしに、

「本当にそう思っているのか?」

 剣呑な声は、ガウリイの口から漏れた。

「? 他になにかあるの?」

 首を傾げるあたしを見て、ガウリイは一瞬言葉に詰まる。
 それから、呆れたようにため息をつくと、あたしの椅子の背もたれに手を掛けた。
 金色の髪が、流れてあたしの肩に触れる。

「二人でいる時間が、減ってるだろうが」

 その台詞に。カアッと、あたしの顔が赤くなる。

「それ、は、あの・・・」

 いつものように、口八丁でやり過ごそうとするのに、なぜか上手く言葉が出てこない。
 小さく、ガウリイが笑った気がした。
 伸びた手が、あたしの頬に触れる。
 そのまま顔が近付いてきて、

「お姉様、用意できましたわよ! ・・・・・・あら?」

 戻ってきたエルザが、きょとんと首を傾げた。

「どうかされましたの?」
「な、なんでもないわよ!」

 裏返った声で、全力で否定するあたし。
 目の前には、あたしに突き飛ばされたガウリイが、無残に寝転がっていた。





 それから、更に四日が経った。
 さすがにこの頃になると、エルザにべったり引っ付かれても、それほど苦じゃなくなってきたと言うか・・・慣れって怖い。
 それよりも、今のあたしを悩ませていることは、別にある。
 あれ件以来、ガウリイとはまともに話せていない。
 いきなり突き飛ばして、怒っているだろうか? でもあれは、ガウリイだって悪い。あんなことをすれば、誰だって・・・。
 と、あたしはそこで、近付いてくるガウリイの顔を思い出してしまい、また一人赤面した。
 くっそー、ガウリイの奴!!!
 あたしにこんなに動揺させて、自分は涼しい顔って、ずるいんじゃないの!?
 当のガウリイは、いつまでもぼーっとあたしの後ろに突っ立っているのも邪魔だろうと言うエルザの計らいで、今日は他の仕事を任されていた。
 今はどこで、一体何をしているんだか・・・。

「お姉様、どうされました?」

 ふと、エルザに顔を覗き込まれ、あたしは反射的に仰け反った。

「いや、なんでも!」

 パタパタと両手を振るあたし。
 顔が赤いの、ばれてないよね・・・。
 エルザはあたしのことをじっとみて、しばらくなにかを考えているようだったが、

「もしかしてお姉様、ずっとお部屋に籠ってて、退屈ですか?」

 そんなことを聞いてきた。

「えっ・・・まあ、そう言われると・・・」

 部屋の中で一日じっとしていると言うことは、あまりない。魔道書なんか読んでいたら、別だが。
 あたしが頷くのを見て、エルザはパアッと顔を輝かせた。

「それじゃあお姉様、わたくしと一緒に、かくれんぼいたしましょ!」
「かくれんぼ?」

 お嬢様の口から出てくるとは思わなかった単語に、あたしは眉を顰める。
 連れて来られたのは、屋敷の裏手にある庭だった。
 ここから見渡す限り、全部この家の土地らしい。とんだ金持ちである。
 綺麗に手入れされた庭には、季節の花が咲き乱れ、少し離れた場所に噴水や、木陰近くには東屋もあった。
 ここを散歩するだけでも、簡単に一日つぶれそうだ。

「ここでかくれんぼをしますのよ! あんまり遠くに行くと分かりにくいですから、そうですわね・・・森の中に小川が流れてますので、その手前までなら、どこまで行っても構いませんわ!」

 ぱっと見渡す限りでも、隠れるところは色々ありそうだった。
 小さい頃、こう言う遊びはそれこそ、日が暮れるまでしていたことを思いだし、ちょっとだけテンションが上がってくる。

「いいわね、面白そう。やりましょう」
「それじゃあ、最初はお姉様からお隠れくださいませ」

 この庭で、わたくしの知らない場所はありませんから、と胸を張るエルザ。
 それならばと、あたしはその言葉に甘えることにする。

「100数えたら、探しに行きますわよ!」

 そう言って、エルザは背を向け、ゆっくり数を数えだした。
 さてさて、どこに隠れようか・・・。
 普通に考えれば、森の中が一番隠れる場所が多そうだ。だが、下草が多い森の中は、上手く歩かないと簡単に痕跡が残ってしまう。
 ・・・・・・まっ、お屋敷育ちのお嬢様がそんな芸当、できるはずもないか。
 ひとまず、あたしは森へと入っていく。
 街道沿いの森なんかと違い、きちんと手入れされたここは、木漏れ日でも十分な明るさがあった。
 野生のものか、はたまたここで飼われているのか、リスやウサギと言った小動物が、あたしの気配を察して逃げ惑う。
 さてと、どこに隠れようか・・・。
 きょろきょろと辺りを見渡し、更に奥へと踏み入る。
 木立の奥に、小さな川が流れているのが見えた。
 あれが小川か・・・。それだと、あんまり奥にはいけないかも・・・。
 一旦引き返そうかと、踵を返した、その時。
 突然誰かに、腕を掴まれた。

「!?」

 驚きに目を丸くしている間に、木の陰へと引きずり込まれる。

「ガウリイ!?」

 目の端に映った金色の髪から、予想を立てて名前を呼ぶ。
 あたしよりも高い位置に、紺碧の澄んだ瞳を見つけて、予想は確信に変わった。

「こんなところでなにしてるんだ、リナ?」
「それはこっちの台詞よ! いきなり人の腕掴んで、なにしてくれるのよ!」

 木の幹に押さえつけられて、ちょっぴり背中が痛い。
 睨み付けると、ガウリイは困ったように頬を掻いた。

「庭の掃除を頼まれてたんだが、リナが一人なのを見つけて、思わず体が動いちまって・・・」

 すまんと、謝るガウリイ。
 申し訳なさそうに下がった眉尻を見ていると、怒るのも悪い気がして、あたしは肩の力を抜いた。

「いいわよ、別に。あたしは、今かくれんぼ中なのよね」
「かくれんぼ?」

 なにしてるんだと言いたげに、ガウリイが眉を顰める。
 それを見て、あたしは小さく笑った。

「まあそう言う訳だから、そろそろ隠れないとまずいのよね。じゃあ、また後で」

 そう言って、ガウリイから離れようとしたあたしだったが。
 その肩が、ガウリイによって抑えられる。

「・・・・・・なによ?」

 なんだか不穏なものを感じて、あたしはガウリイを見上げた。

「じゃああの子、しばらくはここに来ないんだな」
「そうだけど・・・って!!!」

 突然ガウリイが、あたしの首筋に顔を埋める。
 出かかった悲鳴を、寸でのところで噛み殺した。

「なにしてるのよ・・・!」
「だって、もう限界なんだ」

 熱に浮かされたような、ガウリイの声。
 すうっと、大きく息が吸われる。その感触に、ぞわりと背筋が粟立った。

「リナの匂いだ・・・」

 カアアッと、一瞬で顔が熱を持つ。
 首元を緩められ、剥きだしになった肌に、ガウリイの唇がその輪郭を確かめるみたいに触れる。

「ふっ・・・」

 たまらず、声が漏れた。
 引き離そうと掴んで手は、いつしかしがみ付くようにして、ガウリイの服を握り締める。
 首に、キリキリとした痛みが走った。
 止めて欲しくて身を捩りながら、あたしは震える唇を開く。

「がう・・・」
「お姉様ー!!!」

 その時、森の中にまで響く大きな声が聞こえてきて、あたしはハッと我に返った。

「今から探しに行きますわよー!!!」

 エルザの声だ! まずい!
 あたふたするあたしから、するりと、ガウリイの顔が離れていく。

「時間切れか・・・」

 舌打ちをしそうな勢いで、ガウリイは屋敷の方を睨み付けていた。
 服の乱れを直して、少しだけ下がった体温に、寂しさを覚える。

「じゃあ、オレ行くから」

 見つかったら怒られるだろうし、とガウリイが苦笑する。
 なんとなくそうじゃないかと思っていたが、やっぱり、ガウリイとエルザは仲が悪いみたいだ。
 この様子だと、すでに一悶着あったんじゃないだろうか。
 歩き出しかけて、

「そうだ」

 不意に、ガウリイが振り返る。
 とんとんっと、自分の首筋を突きながら、

「それ、あいつに見つからないようにな」

 そう言い捨てて、颯爽と走り去っていった。
 ・・・・・・って!
 慌てて、あたしは小川へと向かう。
 揺れる水面に、自分の首筋を映して、苦虫を噛み潰したような顔をした。
 くっきりと刻まれた、真っ赤な証。
 ガウリイのやつ・・・。
 隠れることも忘れ、あたしはその場にしゃがみ込んだ。
 見つからないようにって、無理に決まってる。わざとだ、あいつ・・・。
 この後のごたごたを予想して、あたしは深刻なため息をついた。







そっと、ひとりじめ







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