「ガウリイ、ちょっと・・・」

 言いながら、あたしはノックもなしに相棒のいる、宿屋の扉を開けた。
 そのまま、部屋に入りかけた足を止める。
 突き当りのベッドの上、決して広いと言えないその場所に、大きな体を小さく丸めるようにして、ガウリイが寝ていたのだ。
 珍しい光景に、あたしは目を丸くした。
 一応傭兵なんかをやっていたせいか、ガウリイは眠りが浅い。
 おまけに、野生動物並の気配察知能力も手伝ってか、あたしが廊下を歩いている段階で、すでに彼はこちらの存在を認知していたりする。
 だからこうやって、無防備に眠るガウリイを見るのは、実は初めてだった。
 最近は物騒な事件に巻き込まれることもなく、平和な日々が続いていたのが、彼の緊張を和らげているのかもしれない。
 まっ、急ぎの用事って訳でもないし。もう少し寝かしといてやるか。
 そう思い、踵を返しかけたあたしだったが、その動きが途中で止まる。
 こんなに熟睡しているガウリイなんて、珍しい。
 その珍しさが、あたしの中の、ちょっとした好奇心を刺激したのだ。
 気配を消して、足音を殺し、あたしはそろそろとガウリイの傍まで近付いた。
 彼は気付いた気配も見せず、未だにすやすやと寝息を立てている。
 へえ、こんな顔で寝るんだ・・・。
 野宿の時なんかに目を閉じている姿は見るけど、それはあくまでポーズだけで、意識の一部は常に研ぎ澄まされているから、起きているのとほとんど変わらない。
 だけど今のガウリイは、無防備にあたしの前に寝顔を晒している。
 やばい・・・ちょっと楽しくなってきた・・・。
 普段はなんとなく見るだけのガウリイの顔を、ここぞとばかりに観察する。
 意外と睫毛が長いことを発見して、ちょっとムカついてみたり、鼻の高さを指で計ってみたり。
 だらしなく開いた唇が思っていたよりも厚くて、そんな場所に目がいったことに気恥ずかしさを覚えて、慌てて他のところに注意を向ける。
 額にかかっていた髪が邪魔そうだったので、起こさないようにそっと払ってやると、

「んー・・・」

 小さく呻いて、ガウリイが身動ぎをする。
 やば、起きた?
 ついつい息を止め、ガウリイのその後の動きに注意するが、結局彼は目を覚ますこともなく、また幸せそうに寝息を立てる。
 危ない危ない。でも、意外と起きないものなのね。
 そのことが、あたしの行動を、更に大胆なものへと変えた。
 そっと人差し指で頬を突く。起きない。
 そのまま、すっと指を滑らせて、顎のラインをなぞる。なんかザラザラしてる。もしかして、髭生えてるとか?
 よくよく見れば、金色のせいで分かりにくいけど、細かい髭がちょこちょこ生えているのが分かった。
 そっか、ガウリイの髭って生えるんだ。
 当たり前なんだけど、初めて気付いた事実に、あたしは面白くなってしばらくその、気持ちがいいとは言えない手触りを堪能していた。

「んん・・・」

 先程よりも明確に呻くと、ガウリイが眉を寄せる。
 ああ、これはさすがに起きるかも、と思い、手を放すと、ゆっくりとガウリイが目を開けた。
 青い瞳が、まるで雲の切れ間から覗く空のように、その姿を現す。
 しばらく焦点の合わない視線をあちこち彷徨わせていたが、不意にそれがあたしの存在を捉えた瞬間、なぜかあたしの心臓がどくんと、大きく一つ脈打った。

「ん、リナ・・・?」

 掠れた声で、あたしの名前を呼ぶ。眠っていたのだから、当然だ。
 だけどそれは、普段の保護者を自称する、人のいい彼のものとは、あまりにかけ離れていた。

「なんだ、来てたのか? 起こしてくれればよかったのに・・・って、どうしたんだ、リナ?」

 体を起こし、まだ眠たそうな顔をしていたガウリイが、あたしのことを見て首を傾げる。

「顔赤いぞ? なにかあったのか?」

 ガウリイにそう言われ、あたしは初めて、自分の頬がびっくりするくらい熱を持っていることに気が付いた。

「風邪か? ちょっと見せてみろよ」

 言いながら、無造作に伸ばしたガウリイの手を、あたしは勢いよく叩き落とす。

「リナ?」
「そ・・・そんな声で、名前を呼ぶな!!!」
「はっ?」

 訳が分からないと、眉を顰めるガウリイに、あたしはくるりと背を向けた。
 あれは寝惚けていただけだ。分かってる。
 だけど、だけど、あんな色っぽい声で名前を呼ぶなんて、反則じゃない!?

「そんな声って? なあリナ、なに言って・・・」
「夕食は外に食べに行くから、準備しときなさいよね!!! 以上!!!」

 本来、ガウリイの部屋に来た要件を、あたしは手短に済ませると、そのまま脱兎の如く部屋を後にした。
 隣りの、自分の部屋に駆け込むと、勢いよく閉めた扉に背を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込む。
 ええい、動揺するな、リナ=インバース!!!
 あんなのはただの寝言みたいなもんで、別に他意なんかなくて、ああ、だけど。
 耳にこびりついたあの声は、当分忘れられそうにない。







そんな声で呼ばないで







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