闇の中にぼんやりと浮かぶ、薄汚れた天井。
 これを見るのは、もう何度目だろう。
 そんなことを考えながら、リナはごろりと寝返りを打った。
 目を閉じ、無心になるよう努める。
 しかし、

「ダメだ・・・」

 まったく眠れる気がしなくて、結局ため息を漏らした。
 ここ、カスタル・タウンから、半日ほど歩くと、ゼフィーリア・シティに辿り着く。
 リナの故郷だ。
 数年ぶりに実家に帰ることになったリナは、思いのほか緊張していた。
 家族に会えるのは嬉しいが、半面、照れ臭くもある。
 こんなに緊張する必要なんかないのに、と思いながら、その原因には、しっかりと心当たりがあった。
 眠れないまま、何度目かの寝返りを打った、その時。

「――――・・・」

 不意に、誰かに名前を呼ばれた気がして、リナは体を起こした。
 耳を澄ませてみるが、静まり返った部屋の中では、微かな自分の呼吸の音しか聞こえない。
 気のせいかと思った。
 しかし、なんとなく気になるものがあり、リナはベッドから起き上がると、宿の窓をそっと押し開ける。
 冷えた夜気が、するりと部屋の中に滑り込んできて、リナは微かに身を震わせた。
 町は当に眠りに付いていて、空に浮かぶ満月以外に、明かりらしい明かりも見当たらない。
 そんな、柔らかな月光の下で、

「あっ・・・」
「よっ」

 自称保護者のその男は、リナに片手を上げていた。

「ガウリイ? なにしてるのよ」

 時間が時間なので、リナはなるべく小声でガウリイに問い掛ける。
 よく聞こえなかったのか、首を傾げたガウリイがちょいちょいと、リナに手招きをした。
 どうやら、降りて来いと言うことらしい。
 リナは少し悩んだ後、ベッドの脇にかけていたマントを羽織って、窓枠に足を掛けると、迷うことなく宙に身を躍らせる。

「浮遊!」

 ふわりと、落下しかけた体がそのまま浮いた。
 術を制御して、リナはガウリイの前へと降り立とうとする。
 だが、その時、突然ガウリイがリナのことを抱き止めた。

「なっ・・・!?」

 唐突なガウリイの行動に、リナは顔を真っ赤にする。
 なにせ、マントを羽織っているとは言え、その下は宿屋のパジャマ姿なのだ。

「なにし・・・」
「しーっ」

 叫びかけたリナの口元に、ガウリイは人差し指を当てた。

「大声出すなって。夜中だぞ」
「あんたがこんなことするからでしょ!」

 上から睨み付けると、ガウリイは笑って「すまんすまん」と言うと、リナを下に降ろした。
 ようやく地に足が付いたリナは、ホッと安堵のため息を漏らす。

「で、なにしてるのよ、こんな時間に」
「散歩」

 簡潔に、ガウリイはそう告げた。

「リナも歩くか?」

 そう訊ねたガウリイは、しかしリナの返事を聞くよりも早く、ゆっくりと歩き出す。
 慌てて、リナはその背中を追った。
 薄闇の中、浮かび上がった金髪が、彼の背中で左右に揺れる。
 それを見て、そう言えば、こうやってガウリイの背中を見ながら歩くのは初めてかも知れないと、リナは思った。
 ガウリイは、何故か上機嫌で、足取りも弾むように軽い。

「どうしたのよ、えらく機嫌がいいじゃない」
「んーそうか?」

 振り向いたガウリイが、にやりと笑う。

「なにかあったの?」
「内緒」
「内緒って、あんたね・・・」

 呆れるリナに、声を上げてガウリイが笑った。

「いや、すまん、特になんにもないんだけどな。今日はなんだか、気分がいいんだ」

 「月のせいかな」と、ガウリイは空を見上げる。
 天中に浮かんだ大きな満月。
 それは、淡い光を放ち、闇に沈む世界を淡く浮かび上がらせていた。
 その光は、見上げるガウリイの上にも降り注いでいる。
 まるで夢みたいだと、リナは思った。
 本当は自分は、もうすでに眠っているのではないだろうかと、そんな考えが脳裏を過る。

「なあ、リナ」

 不意に、ガウリイが彼女の名を呼んで、振り返った。

「オレさ、お前さんに言ってないことがあるんだ」
「なによ、藪から棒に」

 訝しがるリナに、ガウリイが一歩距離を詰める。
 手を伸ばせば届きそうな距離を置いて、ガウリイはリナに向き合った。

「リナが好きだ」

 それは。本当に寝耳に水な発言で。
 リナはしばし呆然と彼のことを見ていた。
 本当に、夢なんじゃないだろうか?
 自分の頬を抓るなんて、典型的なことを試してみたい、そんな衝動に駆られた。

「リナ? 聞いてるか?」
「き・・・聞いてるわよ!!!」

 咄嗟にリナの繰り出した拳が、ガウリイの鳩尾に決まる。
 声もなく、ガウリイはその場に蹲った。

「なによなによいきなり!! そんなこと言われたら、びっくりするじゃない!!」
「びっくりで・・・いきなり殴るなよ、リナ・・・」

 結構なダメージだったらしく、震える声でガウリイが呟く。

「なによ! 今までそんな素振り、全然見せなかったくせに! 急に言うなんて、卑怯じゃない!」
「そう、か・・・? オレは結構、言ってたつもりなんだけどな・・・?」
「どこがよ! それっぽいこと言っても、次の瞬間にははぐらかすし! 肝心なことは何にも言わないし! このクラゲ! 唐変木!」

 今が夜中であることも忘れ、リナは言いたいことを全部ぶちまけた。
 一気に喋ったせいで、呼吸が乱れる。
 ぜーはーと、肩で息するリナに、ようやく回復したガウリイが、その場に立ち上がった。

「それで、リナは?」
「・・・・・・」
「オレのこと、どう思ってるんだ?」
「〜〜〜」

 顔に熱が上るのが分かる。
 意固地な自分が「自分で考えろ!」と叫ぶそうになるのを、リナは寸でで堪えた。
 恥ずかしい。でも。でも。

 せっかくのチャンスを無駄にするなんて、そんなのあたしらしくないじゃない――。

 リナは顔を上げた。
 一瞬、ガウリイが身構えたように真顔になる。
 そんな彼を見据えて、リナは意を決して口を開いた。

「あたしも! ・・・・・・好き・・・」

 意を決した割には、最後の方は消え入りそうな声になってしまい、己の不甲斐なさに情けなくなる。
 だが、

「リナ!」

 感極まった声を上げ、ガウリイがリナを抱き上げた。

「うひゃあ!」

 突然遠くなった地面に、リナは素っ頓狂な悲鳴を上げる。

「ちょっと、だからそう言うことは・・・」

 文句をいいかけたリナの台詞は、途中で掻き消えてしまった。
 リナを抱き締めるガウリイが、微かに震えていることに気付いたからだ。

「ガウリイ・・・?」
「すまん、ちょっと・・・ふられたら、どうしうかと思ってたから・・・」

 こちらに顔を向け、弱々しく笑うガウリイを見て、リナは噴き出した。
 ああ、バカだな。あたしたち。
 どっちも伝わってるつもりになって、言わなくても気付いてくれてると思って。
 肝心なことはなにも言ってない癖に。ホント、バカ。

「リナの実家に行くってなって、ずっと考えてたんだ。もっとずっと、リナと一緒にいたいって。朝起きた時も、夜寝る時も、リナの事を見ていたいって。だから・・・」

 ガウリイの台詞を遮り、リナは不意打ちのように彼の唇に自分のものを重ねた。
 柔らかくて、でも少しざらついてて、それから、温かくて・・・。
 顔を離すと、びっくりしたような顔でこちらを見詰めるガウリイに、リナははにかみながら微笑んだ。



 明日になったら、一緒にゼフィーリアへ向かおう。
 恋人らしく、手でも繋いで。







おはようって言わせて、


おやすみってキスさせて








150916
title by capriccio