「ありゃ」

 立ち止まり、振り返った雑踏の中に、見慣れた顔が見当たらなくて、リナは小さく声を上げた。
 ちょっと前に買ったドーナッツを頬張り、しばし考える。
 そう、このドーナッツを買った時は側にいた。
 珍しく、露天商の商品を覗いているなと思って、ドーナッツを受け取り、そのまま確認せずに歩き出したのだから、はぐれたのだとしたらきっとあの時だ。
 いつもリナの後を、生まれたばかりの鴨の雛よろしく付いてくるから、ついつい油断してしまった。

「さて、どうしようかしら」

 残りの1個をぺろりと平らげ、指に付いた砂糖を舐める。
 ほんのりとした甘みが、舌の上に広がった。
 店の場所は覚えている。そこまで戻ってもいいのだが、もしガウリイがリナの後を追ってこちらに向かっているのであれば、下手をすれば擦れ違いだ。
 今日の昼に到着したばかりで、お互い町の地理には明るくないし、そろそろ日も暮れる。
 完全に暗くなる前に、宿は確保しておきたい。
 結局、考える時間も惜しくて、リナはドーナッツ屋のあった場所まで戻ることにした。
 そこにガウリイがいなかったら、浮遊の魔法でも使って上から探せばいいだろう。
 あれだけ大きな図体をしているのだ。空からなら、見つけるのはさほど難しくない。
 それでも見つからなかったら、適当に魔法でもぶっ放せば、きっと向こうからやってくるはずだ。
 ドーナッツ屋はすぐに見つかった。
 色褪せた、黄色い屋根のその店は、すでに店仕舞いなのか店主が幟やらメニューやらを片付けている。

「おお、リナ」

 果たして、ガウリイはそこにいた。
 呑気にその辺にいた猫を構っていた彼は、リナに気付くとゆっくりとその場に立ち上がる。
 猫はしばらく名残惜しそうにガウリイの足元に纏わりついていたが、リナが近づくと、慌てて走って逃げて行った。失礼な猫である。

「なんでここにいるのよ」

 思わずジト目で問い掛けると、きょとんとガウリイは首を傾げた。

「なんでって、気付いたらリナがいなかったから・・・」
「分かってるわよ、そんなこと。あたしが言いたいのは、なんであんたはあたしを探してないのかってことよ」
「? なんか拙かったか?」
「普通は迷子になった方が、一生懸命探すもんでしょ」

 どうやってガウリイを見つけようか、あれこれ考えていた自分がなんだか気恥ずかしくて、ついついぶっきら棒な言い方になってしまう。
 リナのそんな胸中など知る由もないガウリイは、そう言うもんか?と更に首を傾げた。

「でも、オレがお前さんを探すより、リナに見つけてもらった方が確実だし」

 オレだと町から出ていかねんぞ、とガウリイは付け足す。
 そうだ。彼にはその前科があったのだ。

「そんなこと言って、あたしがあんたを探さなかったら、どうするつもりよ」
「それはない」

 ちょっと意地悪をしたくて、そんなことを口にしたら、即座にガウリイが否定した。
 あまりの即答っぷりに、リナは思わず言葉に詰まる。

「っ・・・そ、そんなの、分からないでしょ!」
「でも、リナは来てくれたぞ」
「これはたまたまで・・・」
「何回はぐれたって、お前さんは絶対探しに来てくれるだろ?」

 笑顔でそう訊ねるガウリイは、妙な自信に満ち溢れていて、なんだかこっちの方が恥ずかしくなる。

「知らないわよ!」

 声を張り上げそう返すと、リナはガウリイからそっぽを向いた。
 そうするのが精一杯だった。
 これ以上押し問答していたら、もっと恥ずかしいことを言われそうな気がして。
 なにより、こんなに赤くなった顔を、ガウリイに見られたくない。

「なあ、そろそろ腹減らないか? 飯はどうするんだ?」

 リナの不審な挙動には気付いていないのか、ガウリイは能天気に聞いてくる。

「宿を探すのが先でしょ。でも、確かにおなか空いたわね」
「来る途中に、旨そうな匂いのする飯屋があったぞ」

 他愛もない会話を交わしながら、二人は歩き出した。
 先を歩くリナの後ろを、ゆったりとした歩調でガウリイが付いて行く。
 二人の背中は、町の雑踏の中に紛れ、あっという間に見えなくなった。








惑わない空色







15.03.25
titile by capriccio