「えー!? だってリナ好きって言って……」

 そんな声が、扉越しに聞こえてきた時、ガウリイはたまたま廊下を歩いている所だった。
 一瞬足を止め、ガウリイは声のした部屋に目を向ける。

「ちょっとアメリア! 声がでかいわよ!」

 本人は抑えているつもり、なのだろう。それでも普通より大きな声が、はっきりとガウリイの耳に届いた。
 その後は、さすがに気を遣ったのか、ひそひそ声に変わる。
 それでも、時折上がる微かな笑い声や、断片的な会話は、安宿の薄い扉や壁だけでは、どうしても遮断しきれていなかった。

「……ばいいのに、好きって……」
「バカ言わないでよ! だいたい……」
「……、結構乙女よね」
「……っさい!」

 しばらく、ガウリイはその場に立ち尽くして、会話とも言えない言葉の切れ端をなんとなしに聞いていたが、不意にこれがただの立ち聞きであることに気付き、慌ててそこから離れる。
 自分の部屋に戻った時は、罪悪感からか、妙に胸がドキドキしていることに気付いた。

「さっきのは……」

 先ほどの会話の、声の主を、ガウリイは知っていた。
 一人は旅の相棒。もう一人は、かつて共に戦った仲間の少女である。
 楽しそうな二人の、途切れ途切れの聞こえた会話が、頭の中をぐるぐると回った。

「なんの話を、してたんだ……?」

 好きだとか、どうとか……。食べ物の話か?
 自問自答しながら、しかしガウリイの中には、別の答えが浮かんできた。

 好きな奴の話、だろうか……?

「いや、まさかそんな、リナに限って……」

 笑いながら、ガウリイはその考えを振り払う。
 いや、しかし、リナだって、そう言うのに興味があってもいい年齢だ。
 食い意地が張っていたって、盗賊いぢめが趣味だって、年頃の女の子なのである。
 好きな奴がいても、別におかしくない。

「……」

 もしいるとしたら、一体誰なんだろう?
 リナの側に、一番長くいるのは自分だと思っていたのに、そんなことにも気付かなかったなんて……。
 もやもやとしたものが、自分の胸の内に広がっていくのが分かる。
 それは、いつまで経っても消えることなく、ガウリイの中に蟠っていた。








「それじゃあリナ、ガウリイさん、お元気で!」

 パタパタと手を振って、お供の人たちを従えたアメリアは、街道の向こうへと消えていく。
 それを見送り、

「じゃあ、あたしたちも行きましょうか」

 リナのその言葉を合図に、二人も歩き出した。
 柔らかな陽の光が、街道を燦々と照らし出す。
 時折吹く風は心地よく、まさに旅日和と言えよう。
 しかし、そんな気持ちのいい気候とは裏腹に、ガウリイの気持ちは晴れない。
 昨日のことが、未だにしこりとなって残っているのだ。

「なによガウリイ、元気ないわね」

 隣を歩くリナが、こちらの顔を覗き込んでくる。
 大きな鳶色の瞳に見つめられると、なぜかは動悸が激しくなった気がした。

「いや、その……」
「お腹でも痛いの?」

 無邪気に問いかけるリナに、罪悪感で息苦しくなる。
 やはり、黙っているのは限界だ。
 諦めて、ガウリイは口を開いた。

「なあ、リナ……」
「なに?」
「お前さん……好きな奴がいるのか?」

 瞬間、リナが大きな目を更に見開いたかと思うと、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
 その反応を見るだけでも、答えは明確だった。

(本当に、そんな奴がいるのか……)

 胸が締め付けられたように、痛くなる。
 相手は誰なんだろう? 自分も知っている奴だろうか? 一体いつから、好きなんだろうか?
 様々な疑問が浮かぶ。
 その間にも、リナは顔を手で覆ったり、きょろきょろと無意味に辺りを見渡したりして、実に挙動不審だ。

「な、なんでいきなりそんなこと聞くのよ……?」
「その、昨日アメリアと話してた声が聞こえてきて……すまん」

 素直に頭を下げると、リナは大仰にため息を付いた。
 難しい顔をしていたが、どこかふっきれたような表情で、ちらりとガウリイのことを見てくる。

「聞いてどうするの?」
「えっ……? 別にどうもしないけど……」

 困ったように、ガウリイは頬を掻く。
 気まずい空気が、二人の間に流れた。

「すまん、やっぱりいい。忘れてくれ」

 取り繕うように笑うと、ガウリイは先に進むため歩き出そうとした。
 その動きが、唐突に止まる。
 振り返れば、ガウリイの服の裾を摘まんだリナが、じっとこちらを睨み付けていた。

「いいわよ別に」
「へっ?」
「だから、教えてあげるって言ってるのよ!」

 どきりと、心臓が一際高く脈打った。
 緊張のせいか、口の中が乾いて、体の先端が冷えていくのを感じる。
 それを聞いたら、自分は一体どうなるんだろう?
 不意に浮かんだ疑問に、何故だか急に怖くなった。
 知ったら、平常でいられないような、そんな予感が頭をもたげる。

「ほら、耳貸しなさいよ!」

 あれこれ思い悩むガウリイの気持ちなど無視して、リナが思い切りガウリイの耳を引っ張った。
 無理やり屈まされるガウリイ。
 リナは顔を近付け、不意打ちのように、頬に唇が寄せられる。

「―――……」

 ガウリイは目を丸くした。
 なにが起きたか、理解するよりも早く、リナがサッと彼から距離を取っていく。
 慌ててその姿を目で追うと、リナはステップを踏むような軽やかさで、くるりとガウリイに背を向けた。

「分かった?」

 肩越しに振り返った彼女の瞳が、悪戯っぽく笑っている。
 リナの好きな奴……って言うのは……。
 たっぷり時間をかけて、一つの答えに辿り着いたガウリイの顔が、音がしそうな勢いで赤くなった。







不意打ち







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