目の奥が眩しくて、リナは薄っすらと瞼を開けた。
 その途端、真っ白な日の光が、彼女の網膜を白く焼く。
 思わず目を細め、リナはその場に起き上がった。
 風の悪戯で捲れ上がったカーテンの向こうから、すっかり姿を見せ切った太陽が、朝の訪れを告げている。
 豪華な天蓋付きのベッド。
 リナの隣には、まだ呑気に寝ているガウリイの姿。

「・・・・・・?」

 なにか、違和感があるような気がした。
 なんだろうかと考えるが、起きたばかりでまだはっきりしない脳細胞は、リナの思うとおりに働いてくれない。

「・・・まっ、いっか」

 あまり深く考えず、リナはベッドから降り立つと、服を着替えて、簡単に身支度を整える。
 テラスから外に出てみると、少し離れた場所に、キラキラと輝く海が確認できた。
 空の色を反射して、同じ色に染まった海は、見惚れてしまうほどに美しい。
 しばらく町の景色を堪能していたリナだったが、

「それにしても遅いわね、ガウリイの奴」

 いつまで経っても起きてこないガウリイに、だんだんイライラ募っていく。
 どんなに綺麗な景色だって、空腹を満たしてくれることは出来ないのだ。

「ちょっとガウリイ、いつまで寝てるのよ!」

 バサッと、勢いよくベッドの天幕を捲るとそこには、未だぐうすかと寝息を立てているガウリイの姿があった。
 リナの大声にも、起きた気配はない。

「こら、ガウリイ! 起きろ!」

 乱暴に体を揺らすと、ようやく「ううん・・」と呻き声を上げる。

「起きた? ほら、とっとと食堂に・・・」
「ん・・・もう少し、リナ・・・」

 寝惚けているのだろう。寝返りを打ったガウリイが、リナの腰に縋り付く。
 その瞬間、

 スパアアアアン!

 気持ちのいい乾いた音が、部屋中に響き渡った。
 さすがのガウリイも飛び起きると、きょときょとと辺りを見渡す。

「なあああにドサクサに紛れてセクハラしてるのよ、このクラゲ!」

 再び、リナの手の中にあるスリッパが火を噴いた。
 スパンッと頭を叩かれて、ガウリイはきょとんと目を丸くすると、リナとスリッパとを交互に見比べる。

「もしかして、記憶戻ったのか?」
「?」

 ガウリイの台詞に、リナは訝しげに眉根を寄せた。





「記憶喪失? あたしが?」

 運ばれてきたベーコンエッグを一瞬で平らげ、リナは疑わしそうにガウリイを見る。
 山盛りのパンを二つ、三つと口の中に放り込みながら、コクコクとガウリイは頷いた。

「記憶喪失って言うか、自分のことを十五歳って言ってたぞ、お前さん」

 しばし、リナはフォークを動かす手を止めた。
 その隙を狙って、すかさずウェイターが空いた皿を下げにかかる。
 突拍子もない話しすぎて、とても本当のこととは思えないが、ガウリイがこんな意味のない嘘をつくはずがないし。
 それに、さっきから注文もしていないのに、せっせと運ばれてくる料理も気になる。
 まるで、リナたちが大量に食べることを、あらかじめ知っていたかのようだ。

「嘘って訳ではなさそうね」
「オレ、嘘つかないぞ?」
「分かってるわよ。言葉の綾よ」

 パタパタと手を振りながら、リナはドライフルーツを口の中に放り込む。

「でも、なんでそんなことになったのかしら」

 リナは昨日――正確には一昨日だが――のことを思い返す。
 昨日、この町に辿り着いたのは、日も沈んで随分経ってからのことだ。
 途中の村で軽く食事を済ませていたこともあり、夜も遅かったし、早く横になりたかったので、到着早々すぐに部屋まで案内してもらうと、そのまま寝・・・た訳ではなかった。
 そうだ、結局寝るまでに色々あって・・・。
 ぶんぶんと、リナは首を横に振る。
 火照った顔を冷やすように、手元にあった水を一気に飲み干すと、ガウリイが不思議そうにこちらを見てきた。
 相棒以上の仲に昇格して、早数ヶ月。
 それでもリナは、未だにガウリイとそう言うことをするのには抵抗があった。
 なにせ二人でいる時期が長すぎて、今更『こいびと』とか『ふうふ』とか、なかなかそう言う風にガウリイを見れないでいるのだ。
 ガウリイのことは大切だし、ずっと一緒にいるのも悪くないけど、相棒のままでもいいじゃないと、なんとなく考えてしまう瞬間もある。
 今回この町に来たのは、それを心配したアメリアに、新婚祝いだと半ば無理やり紹介されたせいもあった。

「どうした、リナ? 顔が赤いぞ?」
「別に。なんでもないわよ」
「風邪か? 昨日長いこと外にいたからなぁ」

 ふと、ガウリイの手が伸びて来て、リナの前髪を掻き分け額を覆う。
 大きな掌。ごつごつとした分厚い皮を額に感じた途端、突然リナの心臓が、ドクンと大きな音を立てて高鳴った。

「うひゃあ!」

 変な悲鳴を上げて、思わずリナはガウリイから距離を置く。
 驚いて目を丸くしたガウリイが、きょとんとリナのことを見詰めていた。

「どうしたんだよ、いきなり」
「〜〜〜・・・」

 そんなことを聞かれても、リナだって困る。
 なんだろうこれは。こんなこと初めてだ。
 ガウリイに頭を撫でられたり、そんなこと別に初めてじゃないのに、どうしてこんなに動悸が収まらなのだろう。

「な、なんでもない!」
「なんでもないって訳ないだろ? やっぱり風邪か? どっか悪いのか?」
「だから、なんでもないってば!」

 動揺を悟られないように、リナは椅子から立ち上がると、慌てて踵を返した。

「あっ、おいリナ!」

 ガウリイの呼びかけも無視して、リナは足早に歩き出す。
 もう少しで出口、と言うところになって、リナは追いかけてきたガウリイに手首を掴まれた。

「もう飯はいいのか?」
「・・・・・・いらない」
「そっか」

 リナの我侭な振る舞いにも、ガウリイは嫌な顔一つせず、にこりと微笑む。

「じゃあ、ちょっと散歩行くか? あっちの方に行くと、色んなお店があるらしいぞ」

 言うなり、ガウリイはリナの返事も聞かずに歩き出した。
 繋いだままの手から、少し高めのガウリイの体温が伝わってくる。
 体温が高いなんて、子供みたい。
 そんなことを考えて、ふとリナは我に返った。

「ちょ、ちょっと!」
「どうした?」
「なんで手なんか繋いでるのよ」

 ジト目で睨み付けるリナに、ガウリイはしっかりと握ったリナの手を見下ろして、首を傾げる。

「嫌なのか?」
「当たり前でしょ!!」
「なんだ」

 残念そうに、ガウリイが手を離した。
 その表情に、リナの胸が罪悪感にチクリと痛む。

「昨日は、手を繋がせてくれたのにな」

 しかしその直後、聞き捨てならないことを言うガウリイに、リナは慌てて詰め寄った。

「昨日って、どう言うことよ!? まさか、あたしの記憶がないのを言いことに、変なことしてたりしないでしょうね!?」
「してない、してないぞ、本当に」

 ぶんぶんと首を振るガウリイの視線が、微妙にリナと合わないところが少し怪しい気もしたが、とりあえず深く追求しないことにした。
 昨日色々と迷惑をかけたことは事実だろうし、実際、ガウリイが記憶のないリナをどうこうするとは思えないし。

「まあ、いいわ。それより、行きましょ」
「おう」

 リナがそう言うと、ガウリイは屈託なく笑う。
 やっぱり、おかしい。
 別にいつものことなのに、ガウリイの笑顔を見ただけで、こんなに胸がドキドキするなんて。

「確か、こっちとか言ってたんだけどな・・・」

 そう言って、少し前を歩くガウリイの手を、そっとリナが握り締める。

「へっ?」

 間の抜けた声を出して、ガウリイが振り返った。

「なによ」

 むすっと口を尖らせて、リナはガウリイを睨み付ける。
 そんなものがなんの脅しにもならないくらい、顔が真っ赤になっていることは、頬に当たる潮風の冷たさから、なんとなく想像が出来た。

「昨日は、繋いでたんでしょ。手」

 ガウリイは、しばらくぽかんとしていたが、

「おう」

 嬉しそうに頷くと、リナの手を強く握り返してきた。






History repeats itself





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