ふわりと、頬を柔らかな何かが掠め取っていく。
 くすぐったい。
 そんなことを思いながら、リナはそっと目を開けた。
 真っ先に視界に飛び込んできたのは、ふわふわと波のように揺れる、真っ白なカーテン。
 時折強い風が開け放たれた窓から入ると、カーテンはその裾を翻し、リナの顔の目の前で優雅に踊って見せた。
 これが顔にかかったんだ。だからくすぐったかったんだ。
 正体に納得したリナは、寝返りを打ち、今度は逆側に視線を巡らせる。
 彼女が乗っているのは、やけに大きなベッドの上だった。
 リナが四人くらい寝そべっても、まだまだ余裕がありそうだ。
 その先は、残念ながらよく見えない。
 何故なら、このベッドは天蓋付きで、垂れ下がった薄い天幕が、部屋の様子をぼやかせているからだ。

(どこよ、ここ・・・)

 ぼんやりとした頭で、リナはそんなことを考える。
 何故だか記憶がはっきりしない。
 自分は誰で、どう言った人間なのかは何の問題もなく思い出せるけど、ここでこうして寝ている理由が、リナにはさっぱり見当もつかなかった。
 普通なら、こんな得体の知れない状況だったら、もっと警戒してもよさそうなものだが、彼女の思考は妙に散漫としている。
 全身が気怠くて、叶うならこのままずっと微睡んでいたい。
 そんなことをぼんやりと考えていた、その時、

 カチャ

 小さな音を立てて、ドアが開く。
 今にも眠りにつきそうな意識をどうにか働かせ、音のした方を見ると、ちょうど誰かが部屋に入ってきた所だった。
 天幕のせいで、誰だか分からないが、体格からして、それは男性の様だった。
 彼は迷うことなく真っ直ぐベッドに近づくと、

「あれ、起きたのか、リナ?」

 そう声をかけて、そっと天幕をめくり上げた。
 知らない男だ。だがなぜか、男の方はリナの名前を知っている。
 訝しげな視線で男を見るリナだったが、男はそれを、彼女がまだ寝起きで寝惚けてるせいだと受け取ったらしい。
 困ったように苦笑をすると、無遠慮にベッドの上に片膝をつく。
 男の重みで、ベッドがわずかに重心を変える。

「まったく、しょうがないな、お前さんは」

 男がリナの体を抱き上げた。
 なんの抵抗もしない彼女は、あっさりと男の腕の中に収まる。
 引き締まった体だった。まるで、最前線でずっと戦ってきたかのような。
 リナの体を容易に受け止める男の力強さは、こんな状況なのに、不思議と安心感がある。
 そっと頬を撫でられ、見上げれば、金色の長い髪が、糸雨のように彼女の回りに降り注いでいた。
 青い瞳がリナを見詰めている。
 そのまま、静かに顔が近づいてきて・・・近づく?
 その時、唐突に彼女は我に返った。
 後、ほんの数センチのところまで迫っていた男の顔を、掌でガシッと受け止めると、

「なにすんのよ、この変態!!!」

 力一杯叫ぶと、男の顔をグーで思いっきり殴る。
 きっと男は予想もしていなかったのだろう。がっしりとした体格の割に、男は面白いほど吹っ飛んだ。
 ベッドの上に突っ伏し「いってー」と言いながら体を起こす。

「いきなり何するんだよ、リナ」
「それはこっちの台詞よ! なんであたしの名前知ってるの!? あんたは一体・・・」

 そこまで一気に捲し立てたところで、ハタと気が付く。

(あたし・・・裸だ・・・!?)

 一糸纏わぬとは、まさにこのこと。
 リナの柔肌を隠すものは何もなく、まさに産まれたままの姿で、彼女は見知らぬ男と向かい合っていたのだ。
 慌てて、リナは手近にあったシーツをかき集めた。

「どうしたんだ?」
「だあああああ!!! うるさい!!! 寄るな、触るなあああああああ!!!」

 心配そうに近づこうとする男に、あらん限りの牽制をすると、リナは彼から出来るだけ距離を取る。
 それは皮肉にも、彼女を逃げ場のない、壁沿いに追いやっただけなのだが、当の本人はそれに気付くだけの余裕など存在しなかった。

「いい? あたしの質問だけに答えなさい。まずあんたは誰? なんであたしはここにいるの? ってかこの状況はなによ!? どうしてこんなことになってるのよ!? 誰の許しを得て乙女の柔肌を〜〜〜!?」
「ちょっと落ち着けって、リナ」

 込み上げる怒りに肩を震わせるリナを前にして、男は呑気な口調でそう告げる。

「なんでって言われてもなぁ・・・。そりゃ新婚なら、こう言う事の一つや二つくらい・・・」
「待って」

 男の台詞を遮って、リナは片手を挙げた。
 顔から血の気が引いていくのが分かる。表情が引き攣って、自分が今とんでもなく面白い顔をしている自覚はあるが、そんなのに構ってなどいられなかった。

「今、なんて・・・?」
「だから、新婚だろ、オレたち」
「オレたちって、誰と・・・誰・・・?」

 返ってくる答えはなんとなく予想できたが、それでも聞かずにはいられない。
 男はきょとんと目を瞬かせると、

「だから、オレと、お前さん」

 人差し指を、二人の間で交互に振ってみせた。

「はああああああああ!!?? どう言う事よ!?」
「どうって・・・そう言う事だろ?」
「あたしはそんなの、許可した覚えはないわよ!? だいたい、あんたもなに考えてるのよ!! いくら美少女って言ったって、まだ十五歳にもならない子供相手に・・・」
「十五歳?」

 その時、男は初めて不思議そうに首を傾げた。
 彼のその動作が気になって、リナは言葉を途中で切ると、なんとなく続きを待ってしまう。

「お前さん、もう二十歳だぞ?」
「・・・・・・はっ?」

 男の放った一言は、寝耳に水だった。

「この間の誕生日で・・・忘れたのか?」
「はああああああああ!?」

 リナの絶叫は、開けっ放しの窓から大通りにまで響き渡った。


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