「ガウリイ、いる?」

 ひょいっと、廊下から顔を覗かせたリナと、ちょうど振り返ったオレと、目があった。
 最後の食器を拭いて、元の場所へと戻す。

「なんだ、リナ?」
「母ちゃんに用事頼まれてさ。ちょっと行ってくるから」
「あっ、じゃあオレも・・・」

 行くと、そう続けるより先に、リナが険しい視線を向けてきた。

「ガウリイは付いてきちゃダメ」
「えー、なんでだよ」
「文句言わない! いいから、留守番してなさい!」

 一方的にそう言うと、手を振りリナは去って行った。
 その背中を、オレはため息交じりに見送る。

 リナの故郷、ゼフィーリアに帰ってきてから、数日が経った。
 ここでの生活は毎日が穏やかで、ほんの少し前まで、世界の命運を懸けた死闘を繰り広げていたなんて、嘘みたいだ。
 顔見知りが多いせいか、ゼフィーリアに帰ってきてから、リナはオレと一緒にいるのを避けたがる。
 どこに行っても「あのお転婆リナちゃんが旦那を連れて帰ってきた」などと言われたら、それも無理ないことかも知れない。
 顔を真っ赤にして、一生懸命否定するリナの様子は新鮮で、それはそれで面白くはあったが。

「さて、どうしようかな・・・」

 仕事である洗い物が終わると、途端に暇になってしまう。
 家の中にいてもやることがないので、オレは外に出た。
 真っ青な空には、白い雲がいくつもぷかぷかと浮かんでいる。
 暖かな陽射しが降り注ぐが、これで夜になると結構冷えるのだ。
 どこか散歩に行こうにも、一人だと絶対迷子になるし、リナが帰ってくるまでは大人しくしておく必要がある。
 特に考えもなく、オレは家の周りをぐるりと歩くことにした。これなら迷うまい。
 台所に続く扉を超えて、裏手に回り込んだオレは、思わず足を止めた。
 あまり日当たりのよくない場所に、ひっそりとしゃがんでいる人影を認めたのだ。
 知った後ろ姿だった。リナの姉ちゃんである。
 オレの気配を察したのか、彼女が振り返った。

「あら、ガウリイさん」
「あっ、どうも・・・」

 なんと答えたらいいか分からず、オレはぺこりと頭を下げた。
 なんか間抜けだなぁ。
 彼女も立ち上がると、纏めていたスカートをふわりと地面に垂らした。
 その先で、ねこが何匹か集まっているのが見える。
 そう言えば、リナが「姉ちゃんは野良犬とか野良猫に餌をあげるのが趣味なのよね」とか言っていたっけ。

「すまん、邪魔したみたいで・・・」
「いいのよ。もう今日の分は終わりだし」

 彼女の言葉に応えるように、食べ終えたねこたちが、一匹、また一匹と去って行く。
 最後まで意地汚く粘っていたねこも、今日はこれ以上食べ物に在りつけないと悟ると、そそくさと姿を消した。
 ・・・・・・。
 き、気まずい・・・。
 途端、訪れた沈黙に、オレは思わず冷や汗を流した。
 なーんか苦手なんだよな、この人。
 まだあまり喋ったことはないのだが、リナが常々「姉ちゃんは怒らすと怖いから、絶対余計なこと言うんじゃないわよ!」と洗脳してくるせいかもしれんが。
 これと言った話題もなく、しかしこのまま立ち去るのも気まずくて、アホみたいにただ突っ立っていると、

「ねえ、ガウリイさん」

 リナの姉ちゃんから、突然話を切り出してきた。

「な、なんだ・・・?」

 ついつい身構えるオレを尻目に、彼女は家の壁に背中を預ける。
 長い前髪の奥の瞳が、確かにオレの姿を捉えた。

「一つ、聞きたいことがあったんだけど、いいかしら?」
「まあ、答えれることなら・・・」
「今回、ゼフィーリアに行こうって言い出したのは、あなたからなのよね? リナにはそう聞いてるけど」

 こくこくと、オレは無言で頷く。

「どうして、ここに来ようと思ったの? リナに聞いても、微妙にはぐらかしてくるし」

 彼女の質問に、オレは腕を組んでうーんと呻く。
 別に、隠すようなことではないのだが、リナがまだ何も言っていない以上、オレからあれこれ説明するのは、気が引けた。
 第一オレじゃあ、まともに概要すら伝えられるか怪しいし。
 少しだけ考えて、オレは口を開く。

「その・・・ちょっと、色々辛いことが立て続けにあって・・・リナもそれで結構参ったみたいだから、実家に帰ってみたらどうだって、言ってみたんだ」

 不意に、ルークとミリーナの顔が浮かんだ。
 それと同時に、あの時感じた胸の痛みも、リアルに甦る。
 ここに来て、リナも随分自然と笑うようになった。
 それでも、やっぱりまだ、痛みと後悔を抱えているのではないだろうか・・・。

「そう、色々あったのね」

 もう少しツッコんで聞かれるかと思ったが、リナの姉ちゃんは、案外あっさりオレの説明に納得したようだった。
 オレが暗い顔をしたせいで、それ以上聞けなかったのかも知れない。

「そんなに、リナは凹んでいたの?」
「ああ・・・。オレの前で泣いたくらいだし・・・」

 リナがオレの前で泣くなんて、初めてのことだった。
 気が強くて、弱音なんか絶対吐かないリナが、あんな風に人前で泣くってことは、それだけ堪えていたんだろう・・・。
 オレはちゃんと、支えてやれただろうか?
 そんなことをぼんやりと考えてると、不意に、突き刺さる様な視線を感じた。
 視線を向けると、驚いた顔でオレを凝視している、リナの姉ちゃんと目が合う。

「えっと・・・どうしたんだ・・・?」

 なんかオレ、変なこと言ったか?
 オレの質問に、しかし彼女はなかなか反応を示さない。
 心配になってきた頃、ようやく重々しく口を開いた。

「泣いたの・・・? あの子が・・・? あなたの前で・・・?」
「あ、ああ・・・」

 ぎこちなく頷く。と、

「くっ・・・くっ・・・あははははははは!」

 突然、リナの姉ちゃんは腹を抱えて笑い出した。
 なんだ? なにが起きてるんだ?
 状況に付いて行けず、ただただ彼女の様子を見守るオレに、一頻り笑った後リナの姉ちゃんは顔を上げた。

「そう、泣いたんだ、あの子・・・」

 目尻に浮かんだ涙を拭い、なにやら楽しそうな声で呟く。

「オレ、変なこと言ったか・・・?」

 恐る恐る尋ねると、彼女は首を振った。

「ごめんなさい、驚いたものだからつい、ね」
「驚いた・・・のか?」

 そんな反応か、あれは。

「あの子、気が強いでしょ。なにがあっても、人前で泣くことなんて絶対しないから」
「それは分かるが・・・でも、それくらい辛いことだったんだぞ?」
「それもあるかも知れないわね。でも、その時あたしが傍にいても、あの子は絶対泣かなかったと思うわ」

 彼女の口調は妙に力強くて、確信に満ちていた。

「そうね、きっと他の誰の前でも、あの子は泣かない。分かる? リナが人前で泣くなんて、それくらいすごいことなのよ」

 顔を覗き込み、彼女はクスリと笑う。
 リナより随分背も高くて、髪の色も顔立ちもさほど似ていないはずなのに、この時オレは、ああ二人は姉妹なんだなと、やけに納得してしまった。
 オレの横をすり抜けて、彼女が歩き出す。

「面倒な子だけど、あの子をよろしくね。弟くん」
「ああ・・・って、へっ?」

 今、なんて・・・?
 慌てて振り向けば、彼女はすでに家の角を曲がった後だった。
 遅れて、顔が赤くなるのを感じる。
 ああ、くそ・・・。まだリナにすら、なにも言っていないのに・・・。
 頭を抱えてしゃがみ込むオレの元に、餌を貰おうとねこたちが群がってくる。



 そんなオレが、リナにちゃんとプロポーズできたのは、もう少し先の話。







It seems nothing gets past her.







150923