「おー、いい天気だなー」

 先に宿から出たガウリイが、空を仰ぐなり開口一番、そう言った。
 続いて、外に出たリナも、ガウリイの隣に並んで空を見る。
 雲一つない青空。それが、無限に続いて行く。
 夜中まで雨が降っていたなんて、嘘みたいだ。
 まだ少し、雨の匂いが残る早朝の空気を、リナは胸一杯に吸い込んだ。

「本当ね」



 ここ数日、珍しいくらいずっと天気が悪かった。
 雨の日が続き、止んだかと思ったらまた降るの繰り返し。
 そのお陰で、リナとガウリイは、ずっと同じ町に立往生をする羽目になった。
 急ぐ旅ではないし、これくらいのトラブルはよくあることだ。
 むしろ、野宿の時に遭遇しなかっただけでも、僥倖と言えよう。
 骨休めにはなったが、ほとんどを宿の一室でぼんやり過ごすだけの日々では、随分体も鈍ってしまった。
 歩きながら、リナはうーんと伸びをする。
 凝り固まっていた筋肉が、嬉しい悲鳴を上げたような気がした。
 街道には、いたるところに水たまりが出来ていて、どこも一様に、空の色を映し出している。
 水捌けのいい街道で助かった。
 ぬかるんだ道は、それだけで、体力を削られる。

「随分あの町に長居しちまったけど、この後どうするんだ、リナ?」

 後ろを歩くガウリイに問いかけられ、リナはうーんと考え込む。
 元々、目的のある旅をしている訳ではなかった
 強いて言えば、もう少し北の方にある街の名物料理である、海鮮鍋を食べに行こうかと思っていたが、この調子だと、ギリギリ時期を過ぎてしまうかもしれない。
 急ぐほどの理由ではないが、ちょっと惜しい気もするし・・・。
 歩きながら、リナがうんうんと唸っていると、

「おお!」

 突然、ガウリイが感嘆の声を上げた。
 訝しんで、振り返り彼の顔を見る。
 ガウリイは、瞳を輝かせ、街道の先を指さした。

「見ろよ、リナ。すごいぞ、あそこ」

 あそこ?
 意味が分からず、リナはガウリイの指さした辺りに目を凝らした。

「・・・・・・」

 平坦な道が、なだらかにカーブを描いでいる。
 右手側には森があるが、左手側は畑になっているらしく、まだ種まきも始まっていないこの時期には、殺風景な景色が広がっていた。
 ・・・・・・いや。
 よくよく目を凝らし、リナは違いに気が付いた。
 もっともっと先の方の畑の中に、赤紫色のなにかが群れているのだ。

「あれは・・・花かな。花畑か?」

 異常に目のいいガウリイと違って、リナはそこまではっきりと見えない。
 だったら、取るべき行動は一つ。

「行ってみましょ」

 どうせ、この道を歩いて行くのに、変わりはないのだ。
 リナは少しだけ、歩くスピードを速めた。



「へええええ、すごいじゃない!」

 目の前に広がる光景に、リナは瞳を輝かせる。
 殺風景な畑の真ん中に、突如現れたのは、蓮華の花畑だった。
 それほど広大なものではないが、小さな花が群れて咲いている様子は、それだけで目を奪われる。

「なんでここだけ、花が咲いてるんだろうな?」
「んー・・・種が運ばれたか、畑が使われてな時期に、こうして花を植えることがあるって聞いたことあるけど・・・」

 それだったら、この辺の畑一体に、花が咲いててもおかしくないと思うが。
 もしかしたら、ちょっとした遊び心のつもりかもしれない。
 可能性は色々考えられるが、答えを得られることは、恐らくないだろう。

「懐かしいわね、蓮華の花飾り。小さい頃、姉ちゃんとよく作ったわ」
「へえ、蓮華って言うのか、この花」

 ズコッと、リナがその場にずっこける。

「なんでそんなことも知らないのよ、あんたは!」

 蓮華なんてどこにでも咲く花だし、それこそ老若男女、誰でも知っているはずだ。
 リナのツッコみに、ガウリイは困ったように頬を掻いた。

「いやー、オレ、エルメキアで育ったから、花の名前には詳しくないんだ」

 そのの台詞に、リナは一瞬、息を詰める。
 ガウリイの口から、こうして出身地の話題が出るのは、初めてのことだった。

「そう、じゃあ、仕方ないわね・・・」

 妙な緊張で、口の中が乾く。
 なんとなく、ガウリイが自分の故郷をよく思っていないことは感じていて、今まで聞いてきたことはなかったけれど・・・。
 これはもしかして、聞くなら今、と言うことだろうか?
 ちらりと、リナはガウリイを上目遣いに見やった。
 彼は、リナと目が合うと、にっこりといつもみたいに笑ってくる。

「あの、さ・・・」

 落ち着きなく両手を動かしながら、意を決して、リナは口を開いた。

「あんたの家族って・・・どんな人たちなの・・・?」

 ガウリイの顔を見れなくて、目の前の花畑に視線を固定したまま、リナはぽつりと呟く。
 んー? っと、間延びした声が、頭の上から降ってきた。

「気になるのか?」
「そりゃそうでしょ! だって・・・」

 勢いよく叫んで、ハタと気付く。

「だって?」

 首を傾げてくるガウリイに、リナはぶっきら棒にそっぽを向いた。

「相棒なんだから、当然でしょ」

 少しだけ頬が熱いのは、気付かないふりをして。
 視線の端で、ガウリイが面白そうに笑った気がした。

「そうだなー。なにから話そうかなー」

 遠くを見つめるガウリイの横顔は、昔を思い出しているのか、どこか懐かしげで。少し、寂しげで。
 そんな二人の間を、ふわりと吹いた風が、蓮華を揺らし、そっと通り抜けて行った。








春、咲き誇れ







170215