夜の海には、漣による白い泡がいくつも生まれていて、まるで星みたいだとリナは思った。
 足元の砂が、波に攫われていく。
 そのくすぐったさが、だけど同時に気持ちよくて、彼女はずっと波打ち際に立っていた。
 空には大きな満月が昇っている。
 ぼんやりと、辺りを白く映し出すその光景は、なんだか夢の中みたいにあやふやで。
 寄せては返す波の音を聞きながら、リナはただその場に立ち尽くしていた。
 と、不意に、彼女の耳が、微かな足音を捉える。
 その主は、リナに気付いているのか、真っ直ぐとこちらに歩いてきた。
 残り数メートルを残して、足音が止まる。

「ここにいたんだな、リナ」

 名前を呼ばれ、ようやくリナは振り返った。
 夜の闇に、浮かび上がる様な鮮やかな金髪。
 どこか困ったように笑う彼を見て、リナはクスリと笑った。

「どうした?」

 不思議そうに問い掛ける彼に、

「余計に、夢の世界みたいになったな、と思って」

 リナは答える。
 ガウリイは益々分からないと言いたげに、首を傾げた。
 夜の海に、白いタキシードを着た金髪の男性。
 まるで、昔のお伽噺に出てくる、王子様みたいじゃない。
 そんなことを考えて、乙女な自分に更に笑いが込み上げる。

「主役がいなくなって、みんな心配してるぞ?」
「あんただって主役じゃない。こんなところにいていいの?」
「リナがいないのに、オレだけいてもしょうがないだろ」

 それもそうか。
 誰にも言わず、こっそり抜け出してきたのはリナなのだが、その後のことはあまり考えていなかった。
 さぞや居心地が悪かっただろうかと、申し訳なく思ったリナに、ガウリイが悪戯っぽく笑いかける。

「まっ、抜け出すいい口実になったけどな」

 どうやら、考えることは一緒だったらしい。
 つられて、リナも微笑み返す。

「アメリアなんか、盗賊いじめに行ったんじゃないかって、心配してたぞ」
「はあ!? なによそれ!」

 ガウリイからもたらされた思わぬ情報に、リナは一際大きな声を上げた。

「アメリアの奴、なに考えてるのよ。こんな日に、わざわざ行くわけないでしょ」
「日頃の行いってのがあるからなぁ・・・」

 フォローする気はないらしい、ガウリイの台詞。
 リナの盗賊いじめに、一番苦労を掛けさせられたのはガウリイなのだから、それも仕方のない話だろう。

「外は涼しいな」

 そう言って、ガウリイが首元のネクタイを緩める。
 男臭いその仕草に、不意打ちを食らったリナの胸が、大きく高まった。

「どうした?」

 彼女の視線を感じたのだろう、ガウリイが問い掛ける。
 赤くなった顔を隠すように、リナは慌てて顔を逸らしたが、不自然さはどうしても拭えない。
 咄嗟に、彼女は海に向かって走り出す。

「あっ、おい!」

 慌てたガウリイの声が、背後から聞こえる。
 ほんの数歩進んだだけで、あっという間に波は、リナの膝を撫で出した。
 白いドレスが水を含み、リナの足に纏わりつく。
 動きにくいが、構わず先に進もうとするリナだったが、

「リナ!」

 肩を掴まれ、ようやく足を止めた。
 肩越しに振り返れば、意表を突かれたガウリイが、目を丸くして彼女を見下ろしている。

「どうしたのよ、ガウリイ?」

 きょとんとした口調で問い掛ければ、ガウリイが大袈裟にため息を付く。

「どうしたって、驚かすなよ。なにがあったかと思ったじゃないか」
「自殺でもすると思った?」
「それはないけど・・・そのまま海に帰るのかと思った・・・」

 メルヘンなことを口にするガウリイに、リナは思わず噴き出した。
 先程、ガウリイを王子みたいだ、などと思ったことは棚に上げ。

「なに笑ってるんだよ」

 くつくつと、いつまでも笑うリナに、さすがに恥ずかしくなったのか、憮然とガウリイが睨み付ける。
 それでも笑うことが止められず、目尻に浮かんだ涙も拭わないまま、リナは首を横に振った。

「ごめん、でも・・・」

 思い出すだけでおかしくなる。
 肩を震わせるリナの体が、ふと引き寄せられた。
 乱暴に重ねられる唇。
 角度を変えて、何度も押し付けられる温もりを、いつしかリナは甘受していた。
 ガウリイの首に腕を回し、ねだるように自分からも唇を重ねる。
 夜の海に、うるさいくらい響く潮騒に紛れ、二人の吐息が合わさった。

「本当は、ちょっと心配だったんだ」

 何度目かの口付けの後、顔を離したガウリイが、ぽつりと呟く。

「あたしがいなくなるんじゃないって?」

 見透かしたようなリナの台詞に、ガウリイは苦笑した。

「一つの場所に、留まってるような人間じゃないからな、お前さんは」

 ガウリイの言うことは、確かにリナの本質を言い表していた。
 しかし、彼は一つ勘違いをしている。

「バカね。どこに行っても、隣にあんたがいないと、意味ないのよ」

 ガウリイの空色の目を覗き込んで――少し気恥ずかしかったが――告げるリナに、ガウリイは破顔した。

「それは光栄だな!」
「ひゃあっ!」

 突然抱き上げられ、リナは素っ頓狂は悲鳴を上げる。
 いつもより高い視線から、見下ろせば、タキシードが濡れるのもお構いなしに、リナを抱えるガウリイの姿があった。

「ずっと一緒だな」

 優しく細められる双眸。

「そうよ。覚悟しなさいよね」

 ガウリイの鼻先に指を押し付け、偉そうに言うと、どちらからともなく笑い出す。
 一頻り笑いあった後、

「そりゃもう、一生覚悟していくさ」

 誓いの言葉を口にして、二人はキスを交わした。









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