終幕の足音

 再建されていく、サイラーグの街。
 アンリはそれを、眩しそうに目を細めて眺めた。
 国境を越えて逃げ延びていた人々も、街の再建の話を聞きつけ、ぞくぞくと戻ってきている。
 男たちは木材を運び、力を合わせて荒れ地を街の形へと作り変えていく。
 女たちは食材を持ち寄り、各々が腕を振るってみんなの食事を用意していた。
 誰もがこの街を愛し、復活して欲しいと願っている。
 それが、街の人間でないアンリにとっても、とても嬉しいことだった。
 ここまでくれば、もう自分の役目は必要ない。
 街を救った英雄がいなくったって、みんな自力で立ち上がり、街を復興していくだろう。
 生半可なことではないだろうが、それがやれるだけの力強さを、アンリは街の至る所から感じていた。
 と言うことは、この剣も、そろそろ返し時と言うことである。
 腰に下げた烈光の剣を、アンリはぎゅっと握り締めた。
 これを返したら、オリヴィエはきっとドラゴンズ・ピークへ帰ってしまうことだろう。
 そうなったら、きっともう二度と、彼と会う機会はない。

「それは、寂しいな・・・」

 ぽつりと、アンリが呟いた。
 初めはいけ好かない奴だったけど、付き合ってみると、結構いい奴だ。
 それに、本人は気付いていないかもしれないが、最近のオリヴィエは、少し変わってきている。
 ここで離れるのは、少し残念な気がした。

「勇者のお姉ちゃん!!」

 その時、街の子供たちがアンリの姿を見つけ、一心不乱に走って来た。
 寂しそうな表情を払拭して、アンリは明るく笑い掛ける。

「どうした?」
「お花がげんきないの」
「ねえ、このお花、げんきにして」

 そう言って、子供たちが差し出したのは、小さな鉢植えに植えられた、これまた小さな花だった。
 かろうじて花を咲かせてはいるものの、茎はしんなりと萎びていて、あまり健康的には見えない。

「水はやってるのか?」
「あげてるよ〜」
「ぼくたちのお水をちょっとずつあつめて、まいにちあげてるんだ!!」

 復興途中の街にとって、水は貴重品である。
 まだ水路が完全に完成していないため、水は決められた量しか配られない。
 それを、自分たちの分を我慢して花にやっていると言うのは、それだけこの花が大切と言うことなのだろう。
 子供たちの期待に応えるため、アンリは難しい顔をして、その花を睨み付ける。

「水はやってると・・・。日の光には当ててる?」
「うん」
「じゃあ、なんだろう・・・」
「お花、もうげんきにならないのかな?」

 鉢植えを持っていた女の子が、悲しそうに顔を伏せた。

「勇者のお姉ちゃん、なんとかして!!」
「この花、ひとつだけ咲いてたの!! みんなで見つけて、ここまで育てたの!!」
「かれちゃうなんて、かわいそうだよ!!」
「うーん・・・」

 なんとかしてあげたいのは山々だが、アンリだって、植物に精通している訳ではない。
 水をあげるとか、日の光に当てるとか、一般的な対処法以外に、これといって素晴らしいアイディアが思いつくはずもなかった。
 悩むアンリ。と、そこに、

「土が悪い」

 声は、彼女の背後から聞こえてくる。
 振り返ると、相変わらず仏頂面をしたオリヴィエが、いつの間にかそこに立っていた。
 オリヴィエの登場に、子供たちは露骨に怯えたような態度を取る。
 それをまったく意にもかえさず、オリヴィエは子供たちに近付くと、その花を手に取った。

「この辺りの土を集めたのだろう? まだここは、魔獣の瘴気のせいで毒されたままだ。花が元気に咲くわけがない」
「そんなぁ・・・」

 オリヴィエの台詞に、子供たちは今にも泣きそうに顔を歪める。
 もう少し言い方ってものがあるだろうと、アンリが注意をしようとした、その時。
 小声でオリヴィエが何事かを呟く。直後、淡い光が花全体を包み込んだ。
 見守るアンリや子供たちの目の前で、萎れていたはずの花が、みるみる元気を取り戻していく。

「うわぁ・・・」

 誰かが、感嘆の声を上げた。
 光が消えた頃、そこには最初の面影などどこにもない、生新な姿になった花がある。
 オリヴィエはそれを見て、難しそうな顔をした。

「やはり、エルフのように、上手くはいかんな」
「ありがとう、竜のお兄ちゃん!!」
「ありがとう!!」

 きゃっきゃと喜びながらお礼を言う子供たちに、オリヴィエは煩わしそうに眉を顰める。
 ほんの数ヶ月前なら、絶対こんなことなんかしなかったオリヴィエの変化に、アンリは嬉しそうに頬を緩めた。

「やっぱり、寂しいよな・・・」





 その様子を、少し離れた場所で見ている女がいた。
 まだ誰も気付いていない。
 最初に気付いたのはアンリだった。
 視界の片隅で動く気配に気付き、何気なく顔を上げた時、その女と目があったのだ。

「?」

 アンリは訝しげに顔を顰める。
 知らない女だった。
 尤も、街も人の数が増え、知らない人間なんかゴロゴロいるのが現状だが、女はどこか雰囲気が違っていた。
 透き通るような白い肌。淡い金髪。
 美女と呼んでも差支えがないような風貌をしているが、どこか味気がない。
 誰かに似ていると思って、アンリはふと、視線をオリヴィエに戻した。
 そうか、オリヴィエに似ているのだ。
 容姿もだが、持っている雰囲気が、会ったばかりのオリヴィエを彷彿をさせる。
 アンリの視線を感じ、オリヴィエも顔を上げた。
 そして、女に気が付くと、驚いたように目を丸くする。

「ルチーナ・・・」

 どうやら、オリヴィエの知り合いらしい。
 と言うことは、彼女も恐らく、竜族であろう。
 女はアンリたちの手前数メートルで立ち止まると、口を開いた。

「久し振りね、オリヴィエ」

 淡々と、実にそっけない喋り方だ。
 竜族と言うのはみんなこうなのかと、思わず考えてしまう。
 一瞬、彼女――ルチーナと呼ばれた女性は、アンリにチラリと視線を走らせた。
 いや、正確に言えば、彼女の持つ烈光の剣にだ。

「なぜ、烈光の剣をいつまでも回収して、戻ってこないの?」

 ルチーナの声に、初めて感情の色が付く。
 これは、怒りだ。
 慌てて、アンリは口を<開いた。

「違うんだ!! これは・・・」

 言いかけたアンリだったが、それをオリヴィエが手で遮る。

「回収しないのはオレの考えだ。まだこの人間に、烈光の剣が必要だと思ったから、回収していない」
「なぜ? 魔獣は倒したのではないの?」
「魔獣は倒した。だが、それ以外の問題だ」
「問題? 他にどんな問題があるの?」
「・・・・・・」

 オリヴィエは、一瞬言葉に詰まると、重々しく口を開いた。

「これは、長老にも報告して、了承を取ってある。お前が口出しすることではない」
「・・・・・・」

 ルチーナは、無言でオリヴィエを見ていた。
 そして、滑らせるように、その視線をアンリへと向ける。
 アンリは思わず寒気がして、後ずさった。
 ルチーナの視線に、確かな殺気を感じたのだ。

「・・・・・・人間如きに傾倒する気か。竜族の恥さらしが」

 ルチーナは踵を返すと、そのまま、振り返りもせずに立ち去って行く。
 その後姿が見えなくなるまで、アンリは呆然と見送るしかなかった。

「まさか、ルチーナが来るとはな・・・」

 ため息交じりに呟かれたオリヴィエの台詞で、アンリはハッと我に返る。

「なあ、あいつはなんなんだ? それに、回収はしないって・・・長老って、あの人のことだろ? 報告とか、そんな話聞いてないぞ!!」

 一気に疑問をぶつけながら詰め寄るアンリの頭に手をやり、オリヴィエは彼女を遠ざける。

「お前が、返すと言ったんだろう? 返せる時期になったら、返してくれればいい」
「・・・・・・」

 まさかのオリヴィエの台詞に、アンリは思わず言葉に詰まった。
 なにかを言わなければと思っているうちに、オリヴィエの手が離れていく。

「あっ・・・ありがとう・・・」

 小さく呟くことしか出来なかったアンリの謝辞の声に、オリヴィエはなにも答えなかった。



     *



「どうしてオリヴィエをあのままにさせるんですか?」

 珍しく、怒りを含めて訊ねるルチーナを、ミルガズィアは困ったように見下ろす。

「あれが自らそう言ってきたのだ。なにか考えがあってのことだろう」
「人間に傾倒し、人間に手を貸すことが考えですか? あんなものを人間が持っていたら、どうなるか分かったものじゃない」
「・・・・・・」

 ルチーナの剣幕に押されるように、ミルガズィアはため息を付く。
 確かに、中には分不相応の武器を手に入れ、暴走する者もいるだろう。
 あの人間がそうかどうかまでは、ミルガズィアだって分からない。
 だが、オリヴィエが今はまだあの人間に持たせたいと言ってきたのだ。
 そう思わせるだけの何かが、あの人間にはあるのだろう。
 その気持ちを、ミルガズィアは汲んでやりたい。

「ルチーナ、確かに人は愚かだが、そうでないものもいる。オリヴィエがああ言っているのだ。あいつを信じるつもりで、待ってやらないか?」
「・・・・・・」

 歯ぎしりが聞こえてきそうなほど、ルチーナは強く奥歯を噛み締めた。

「・・・・・・失礼します」

 深々と頭を下げて去っていくルチーナ。
 あの様子だと、ミルガズィアの言ったことを、素直に受け入れてはいないだろう。
 竜族――エルフ族もそうだが――には、人間に激しい嫌悪を覚えるものがいる。
 ルチーナは特にそれがひどい。

「妙なことを考えなければいいが・・・」

 ミルガズィアの台詞は、ドラゴンズ・ピークに、不吉な予感となって影を落とした。

090727