光の剣の行方

 子供の声に、オリヴィエは煩わしそうに顔を顰めた。
 あまり、人の多いところには行きたくない。
 行きたくないのだが、そこに目的があるのだから仕方がない。
 オリヴィエの目的。
 それは、子供たちの中心で楽しそうに遊んでいる、アンリにあった。

「勇者のお姉ちゃん!! 僕にもその剣貸して!!」
「おっ、やってみるか? いいぞ、少年」

 アンリは屈託なく笑うと、まだ10歳にも満たない少年に、持っていた烈光の剣を渡す。
 少年は目を輝かせてそれを受け取った。
 小さな体で、どうにか烈光の剣を支えると、柄を引き抜いて鞘をアンリは預かる。
 両手で柄を握る少年。

「光よ!!」

 少年の高らかな声が響いたが、剣にはなんの変化もない。
 残念そうに、子供が口を尖らせた。

「ねえ、なんにも出ないよ?」
「なんで? どうしたら光の剣が出るの?」
「あ〜・・・アタシも、原理はよく分かんないんだけど・・・」

 少年から烈光の剣を受け取り、今度はアンリが構えた。

「光よ!!」

 アンリの掛け声に応え、柄から光の刃が出現する。

「うわあ!! すっげえ!!」
「なんで勇者のお姉ちゃんだけ使えるの!?」
「それは剣をイメージすることが必要だ。子供の不安定なイメージで、刃が出来るわけがない」

 的確な突っ込みは、もちろんアンリがしたものではない。

「あっ、オル」

 突如現れた竜族の青年に、アンリは気軽に手を振った。
 仏頂面のオリヴィエは、子供たちにとって恐怖の対象なのだろう。
 皆一様に、アンリの背中へと隠れてしまった。

「その呼び方は止めろ。それと、烈光の剣を子供のおもちゃにするな」
「おもちゃになんかしてないって。教育だよ、教育。自分たちの街がなにで救われたのか、知っておかないとな」
「理由なんかどうでもいい」

 不機嫌な顔で、オリヴィエはアンリに向かって手を差し出した。
 アンリは不思議そうに、その掌を見下ろす。

「握手?」
「誰がだ。もう魔獣は倒したんだから、さっさとその剣を返せ」
「ええ〜!!」

 その途端、アンリは驚きに声を張り上げる。

「これって、アタシにくれたんじゃないのか?」
「誰もやるとは言ってない。いいから、それを返すんだ」
「やだ」

 アンリは口を尖らせると、烈光の剣を後ろ手に隠す。
 オリヴィエのこめかみに、薄っすらを青筋が立った。

「なにをしてるんだ・・・?」
「だって、あの竜の偉い人、返せなんて一言も言ってなかったし。アタシが頑張って魔獣倒したんだから、アタシに譲ってくれてもいいだろ?」

 オリヴィエの青筋が、今やはっきりと視認できるほど浮き上がっている。
 かつて、これほど怒りを覚えたことがあっただろうか?
 いや、ない。断じてない。
 こんな不機嫌な出来事は、生まれて初めてだ。

「いいから・・・」

 オリヴィエが力付くでも奪おうとした、その時、

「アンリ=ローラン=ガブリエフだな」

 横槍は、なんの前触れもなく、二人の間に差し込まれた。
 アンリとオリヴィエは、ほとんど同時に声のした方を見る。
 そこに立っていたのは、輝く甲冑に身を包んだ、40手前の兵士だった。
 後ろには、もう少し簡素な甲冑にを包んだ兵士を、二人携えている。
 甲冑には、二頭の獅子を象った紋章が刻まれていた。ライゼール帝国の紋章である。

「そうだけど・・・?」

 警戒しながらも、アンリは頷いた。
 すると兵士たちは、急にびしっと背筋を正す。

「この度は、我が国の都市、サイラーグを救って頂き、感謝しております!!」

 声を張り上げる兵士に、アンリは驚きに目を丸くした。

「貴殿のご活躍は、ライゼール国王陛下も耳にしております!! つきましては、貴殿の勇士を称え、城で持て成したいと申しております!! 是非、ご足労を!!」

 小娘一人に対する態度とは思えなかったが、あの魔獣ザナッファーを倒したとあれば、それも納得だろう。
 突然の珍問者に、周囲から好奇の視線が注がれる。
 アンリはしばらく考えると、

「悪いけど、そう言う堅っ苦しいの苦手だから、パス」

 いつものような、軽い口調で断った。

「はっ? いや、ですが・・・」
「まあ、ちょっと報告しにくいと思うけどさ、国王様によろしく伝えといてよ」

 まさか断られると思わなかったのだろう。
 それじゃあ、と手まで振るアンリを、兵士たちは目を丸くしたまま、呆然と見送った。

「いいのか?」

 アンリの後を追い掛けながら、オリヴィエがそっと訊ねる。

「いいのいいの。ああ言うの、柄じゃないんだ」
「そう言う意味ではないんだが・・・」

 忠告をしようとして、そこまでしてやる義理はないことに気付き、オリヴィエは口を噤んだ。

「ところで、どこまで付いてくる気だよ?」
「貴様が烈光の剣を返すまでだ」
「しつこいな〜。そんなに言うなら、あの竜族のお偉いさん連れてこいよ」
「オレが烈光の剣を持って帰るよう言われているんだ。長老のお手を煩わせられるか」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら立ち去る二人を、兵士たちは、暗い瞳で見詰めていた・・・。



     *



 街を救ってくれた恩人と言うことで、アンリとオリヴィエは比較的マシな場所に寝床を貰っている。
 まだ多くの人々がテント暮らしを余儀なくされている時に、屋根と壁があり、おまけに簡素だがベッドまであるのだ。
 これを贅沢と言わずして、なんと言おうか?
 正直に言えば、こんな部屋もオリヴィエには無用の長物だった。
 雨も風も、竜族には生きる糧となる。外で寝ることに、なんら抵抗はない。
 初めはそう言って断ろうとしたのだが、人々はオリヴィエの言い分を頑として受け入れず、ほとんど押し付けられるような形で部屋を貰ったのだ。
 寝る気になれず、オリヴィエは部屋に一つだけ開いた窓から外を見た。
 魔獣から受けたダメージをまだ回復しきれていない街は、シンと静まり返っている。
 と、その時だった。
 寝静まった廊下を、誰かが足音を殺して歩いている。二人・・・いや、三人か。
 オリヴィエは訝しがった。
 ここに寝ているのは、オリヴィエ達だけではない。重度の病人や怪我人だっている。
 看護する人間が見回りをするのは珍しいことではなかったが、その時に、こんなに慎重に気配を消すことはない。
 良からぬ理由でここに忍び込んだであろうことは、明白だった。
 さて、どうするべきか・・・。
 相手の目的がオリヴィエになるなら、遠慮をするつもりはない。
 だけど、恐らく違うだろう。
 オリヴィエの考えを見透かしているかのように、気配は彼の部屋ではなく、隣の部屋の前で止まった。
 そこには、アンリが寝ているはずである。
 簡易鍵をなんなく開け、気配はアンリの部屋へと侵入を果たした。

『何の用だ?』

 真っ先に聞こえてきたのは、アンリの声だった。
 起きていたのか、それとも眠れなかったのか・・・。
 妙な気配には一応気付いていたらしい。
 ベッドから降りる音と、剣を掴む音も同時に聞こえた。

『その剣を渡してもらおうか』

 続いて聞こえたのは、押し殺したような男の声である。
 素性がバレないよう、意図して声を変えているのが分かるような話し方だった。
 アンリが鼻で笑う。

『面白い冗談だな。でも、笑えない』

 瞬間、殺気が弾けた。

 ガタガタっ!!!

 けたたましい音が、部屋だけでなく廊下も伝って建物中に響く。
 穏便にとか、静かにとか、そう言うことは考えていないようだ。
 剣を手に入れるためなら、手段は選ばないと言ったところだろうか。
 さてと、オリヴィエは考える。
 加勢するつもりなどなかったが、まったく関係のない連中に烈光の剣をみすみす与えるつもりもない。
 ミルガズィアの手前、無理やり奪うことは気が引けて出来なかったオリヴィエだが、それを第三者が行ってくれることは大歓迎だった。
 ならばここは、アンリから烈光の剣を奪った連中を、途中で捕まえるのが賢明だろう。
 アンリも腕は立つが、病み上がりで、おまけに三人を狭い部屋で相手にしないといけないのだ。
 苦戦しているだろうことは、壁越しにも伝わってくる。

『離せテメエ等!! くそっ!! 離せってば!!』
『大人しくその剣を渡せ。さもないと、貴様の命もないぞ』
『誰がテメエ等になんか渡すか!! この剣はオルに返すんだ!! あんた等が持って行っていい剣じゃない!!』

 バタンッ

 音を立てて、アンリの部屋のドアが開いた。
 アンリと、組み合っていた三人の男たちは、動きを止めて部屋の入り口に目をやる。

「聞いた通りだ」

 立っていたのはオリヴィエだった。
 薄闇の中で、赤紫の瞳だけが薄っすらと光っているのが見て取れる。
 オリヴィエの放つ尋常でない殺気に、男たちは思わず気圧された。

「その剣は竜族のものだ。それを奪うと言うことは、我々と敵対する意思があると言うことだな?」
「そんな・・・つもりは・・・」
「ならば立ち去れ。お前たちの国王にも、そう伝えておくことだ」

 小さく悲鳴を上げて、男たちは我先にとアンリの部屋から逃げ出す。
 足音が遠くなり、とうとう聞こえなくなった頃、アンリはどっとベッドに身を投げ出した。

「疲れた・・・」

 よほど手荒いことをされたのか、肩で息をして呼吸を整えようとする。
 静かに、横に立つオリヴィエを、アンリは目線だけで見上げた。

「オルは気付いてたのか? あいつらが何者だったのか?」
「昼間、貴様のところに来た時から、空気がおかしかった。礼儀正しく接してはいたが、まるで獲物を狙うような目をしていたしな」
「気付いてたなら、一言くらい教えてくれよな・・・」
「そんな義理はない」

 冷たく突き放すオリヴィエに、そうだよな〜とアンリが笑い声を上げる。

「なのに、なんで助けに来たんだよ?」
「助けるつもりなど、なかった」
「だったら、なんで?」
「オレも聞きたいことがある。貴様は一体なんのつもりだ」
「?」

 オリヴィエの質問の意図が読めず、アンリは首を傾げた。

「剣は返さないと、そう言ってなかったか?」
「ああ、そのことか・・・」

 サプライズがばれた子供のように、アンリは気恥かしげに苦笑する。
 起き上ると、手にしていた烈光の剣を、大事そうに持ち直した。

「だって、返すって言ったら、オルはすぐこの剣を持って行っちまうだろ? 今すぐはまだ返したくなかったから、返さないって言ってたら、まあ納得するかなって」
「なぜ今は返せない」
「・・・・・・これがあれば、街に少しは活気が出るだろ?」

 アンリの視線が、窓から外へと向けられた。
 この場所からは、復興途中のサイラーグの姿は見えない。
 ただ荒れ地と、満天の星空が映るだけだ。

「ここは貴様の故郷ではないのだろ? なぜそうも必死になる必要がある? ここになにがあるんだ?」

 オリヴィエの率直な質問に、アンリは少し戸惑ったような表情を見せる。
 しかし、しばらくして、まるで罪を告白する囚人のように、そっと口を開いた。

「なにもない。ここにだって・・・どこにも、アタシには何もない」

 表情が揺らいだ。
 いつも強気で、明るくて、明日しか映していないような瞳に、初めて翳りが出る。

「知ってるか? 人って、一時間で全部を失くすことが出来るんだぜ? 家も、家族も、全部が灰になった。アタシにはなにも残らなかった」

 口調は穏やかだった。
 しかし、笑みすら浮かべて膝を抱える姿は、逆に痛々しい。
 泣いてくれた方が、よっぽど健康的だと思えるほどに。

「ここの人も同じなんだ。だから、力になりたいんだ。アタシがいて、これがあると、みんなが頑張ろうって気になれるんだ。なあ、オル。絶対に返すから、だからこの剣・・・」

 アンリの言葉を遮って、オリヴィエの手が彼女の目の前に突き出される。

「黙って、少し寝てろ」

 なにかを考える暇もなかった。
 アンリの瞼は音もなく落ち、そして眠りの底へと沈んでいく。
 ベッドに横たわり、深く眠るアンリを見届けたオリヴィエの視界に、中途半端に投げ出された烈光の剣が飛び込んできた。

「・・・・・・」

 今なら、これを持ってドラゴンズ・ピークに帰れる。
 オリヴィエも烈光の剣も無くなっていたら、さすがのアンリも諦めるだろう。
 烈光の剣に向かって伸ばした手を、

「・・・・・・チッ」

 舌打ちをして、オリヴィエは引っ込める。
 踵を返し、そのまま乱暴に、アンリの部屋を後にした。

090708