死闘の末の休息

 振り仰がなければ、もう全貌が見えないほど成長したその大木。
 この木を植えて、まだ数週間しか経っていないのに、だ。

「さすがはエルフ族だな」

 ぽつりと、オリヴィエは感嘆の声を漏らした。



 アンリによって、首を一刀両断にされたザナッファー。
 しかし、魔獣はすぐには死ななかった――・・・。



『赦さん!! 赦さんぞ、人間風情がぁぁぁ!!』

 首だけの状態になりながら、魔獣の叫ぶ声が辺りの空気を振動させる。。
 まるで、昔話の怪談のような光景だった。
 すでに力尽き、完全に気を失っているアンリを、殺気の籠った瞳で睨み付ける。
 かつては金色だった瞳は黒く淀み、死の影にゆっくり犯されているのは明確だ。
 それでも、魔獣は叫ぶのを止めようとはしなかった。

『我を倒すだと!? ふざけるな!! 我は滅びん!! 滅びんぞぉぉぉ!! この地に根差し、一生この場所を呪ってくれるわ!!』
「なっ、なんだ!?」

 驚愕の声は、オリヴィエの近くからした。
 視線だけを向ければ、兵士や傭兵が何人もそこに佇んでいる。
 遠くで、アンリとザナッファーの死闘を見届け、状況を把握しようとこの場にやってきたのだろう。
 首だけになって、なお呪いの言葉を叫ぶ魔獣に気圧されたのか、そこから一歩も動くことが出来ないでいる。

『後悔するがいい、人間共が・・・』
「カオティック・ディスティングレイド!!」

 ザナッファーの言葉を遮り、オリヴィエが力ある言葉を解き放つ。
 光の奔流が魔獣の首を包み、光が晴れた時には、そこにはなにも残っていなかった。

「いい加減滅びろ。見苦しい」
「お、おい・・・。倒したのか、あの化け物を・・・?」

 恐る恐る声をかけてきたのは、アンリと知り合いらしい傭兵だった。
 オリヴィエはそちらに目もくれず、興味のなさ気な顔で小さく鼻を鳴らす。

「あいつがやったことだ。オレは関係ない」
「倒した・・・?」
「あの化け物を・・・?」
「おい!! 倒したぞ!! あいつを!! あのザナッファーを!!」

 歓喜の声が、まるで津波のように広がっていく。
 その声を煩そうに聞いていたオリヴィエだったが、その表情が、突然一変した。

「おい、貴様。死にたくなければ、あの女を連れて、さっさとここから離れろ」
「へっ? お、俺か・・・?」

 突然話しかけられ、アンリの知り合いの傭兵は、きょとんと目を丸くした。
 理由を問おうとしたが、オリヴィエの表情があまりに険しいので、大人しく言われたことに従う。
 ザナッファーの傍らで、ほとんど虫の息状態のアンリを抱え上げ、元いた場所に戻ろうとした、その時、

 ヴワッ

 背後にある魔獣の骸から、黒い煙のようなものが噴き出した。

「!? なんだ!?」

 驚き、慌ててザナッファーから離れる男。
 浮かれていたのか、興味本位で側へと向かった兵士や傭兵が、何人か黒い煙に包まれる。

「な、んだ・・・」
「気分が・・・」

 足元から崩れるように倒れる兵士たちを見て、皆が事態の気付いた。
 ゆっくりと、風に乗り広がる黒い煙から逃れようと誰もが背を向ける中、オリヴィエだけが冷笑を浮かべる。

「一生呪うか。死んでまで、律儀なものだな」
「おい、あんた!! なんなんだ、これは!!」
「瘴気だ」

 どうにか逃げ帰って来た男の質問に、オリヴィエはあっさりと返答した。

「瘴気?」
「あの魔獣、やられたのがよほど悔しかったようだな。こんな真似が出来るとは、なかなか面白い」
「それって、なんなんだ? どうなるんだよ?」

 訳が分からず問い返す男を、オリヴィエは一瞥する。

「この土地に毒が蔓延するようなものだ。ここに、街が築かれることは、もう二度とないだろうな」
「なっ!? なんだよそれ!! どうにかなんねぇのか!!」

 男に詰め寄られ、オリヴィエは迷惑そうに顔を顰める。
 断ると、縋る男を一刀両断しようとして、ふと、彼が背中に背負う、アンリの姿が目に止まった。

 もし、この女が目を覚ましていた時。
 ここが荒涼とした土地に成り果てたと知ったら、一体どうするのだろうか・・・。

 考えてから、ハッとした。
 たかが人間の女如きに気を使うなど、どうかしている。
 しかし、一度返事に詰まってしまうと、再び容赦のない言葉を浴びせるには、どうにも気が引けた。
 災難だ・・・。
 そんなことを考えながら、オリヴィエは大きなため息を付いた。



 ミルガズィアに事の顛末を報告した後、オリヴィエはエルフ族から、瘴気を吸収して成長する木の苗を譲ってもらった。
 ザナッファーの濃い瘴気を吸収し、苗木は瞬く間に大きく育ち、そして、今や大木と言っても差支えがないほど成長している。
 葉の隙間から零れ落ちる陽の光をぼんやりと見ていると、

 コツン

 突然、後頭部になにか軽いものが当たった。

「・・・・・・」

 険悪な視線でオリヴィエが振り返ると、そこにはあちこちに包帯を巻かれたアンリが立っていた。

「なにしてるんだよ?」
「・・・・・・」

 アンリの問い掛けに答えず、オリヴィエは自分の頭を襲い、足元に転がっているそれに目を落とした。
 どうやらなにかの果実らしい。
 さして大きくないその果実を、オリヴィエは拾い上げる。

「あっ、それ、差し入れ。そう言うのだったら、あんたも食べれるだろ?」
「・・・・・・」

 軽い調子のアンリを、オリヴィエは半眼で睨み付けた。



 アンリの状態は、当初あまり思わしくなかった。
 傷はオリヴィエが塞いだものの、瘴気に当てられ、一週間は目を覚まさなかったのである。
 気が付いたのが、今から10日ほど前。
 起き上れるようになったってから三日。
 そして、今の彼女は、包帯がなければ怪我人であったことも忘れてしまうほど、元気に動き回っていた。



「差し入れを他人の頭に投げつけるとは、どう言う了見だ?」
「だって、声かけても、オル全然こっち向かないし」

 『オル』と呼ばれ、オリヴィエは訝しげに眉を顰めた。

「オル?」
「オリヴィエって長いから、なんかないかと思って。いい愛称だろ?」

 にかっと、アンリは実に無防備に笑う。
 魔獣を倒した時や、アンリの傷を塞いだこと。それに、瘴気の問題を解決したことで、アンリの中でのオリヴィエの距離が、かなり近くなっているようだった。
 なにかにつけて側に来て、そしてオリヴィエを構おうとする。
 その度に、オリヴィエは不快気味に眉間に皺を寄せてばかりだった。

「それよりさ、早くそれ食べろよ。美味しいんだぜ?」

 不機嫌丸出しのオリヴィエに気付いていないことなどないだろうが、アンリはまったく頓着せず、オリヴィエが握ったままになっている果物を指差した。
 オリヴィエはそれをチラリと一瞥すると、

「こんなものは必要ない。陽の光や風さえあれば、それが自らの糧となるから・・・」
「いいからとっとと喰え!!」

 痺れを切らしたアンリの手によって、果実は無理やりオリヴィエの口に放り込まれた。

090701