闇を切り裂く光の剣

 ドラゴンズ・ピークからサイラーグまでは、かなりの距離がある。
 馬を使い、寝ずに走っても、恐らく五日はかかるだろう。

 五日――。

 なかなか厳しい数字だと、オリヴィエは思った。
 アンリが、なりふり構わずドラゴンズ・ピークを目指していたことは、間違いないだろう。
 それは、疲労困憊していた彼女の様を見れば、明らかだ。
 そのザナッファーと言うのがどんなものか、実際見ていないアンリには想像するしかないが、彼女がそこまでして急いでいたとなると、最早手遅れなのではないかと思う。
 幾つもの山を越え、街を通り過ぎ、サイラーグの上空付近まで来た時、

「・・・・・・」

 オリヴィエの背中で、アンリが息を呑むのが気配で分かる。
 そこには、なにもなかった。
 人も、建物も、草も、木も、花も。
 ただ、真っ黒に焼けた焦土だけが、見渡す限り続いている。

「街が・・・なくなっている・・・」

 アンリの声は震えていた。
 ミルガズィアから借り受けた烈光の剣を握りしめ、性質の悪い冗談を聞いた後のように、ただ茫然と、その光景を見渡している。

『行くのか?』

 放心状態のアンリに、オリヴィエは問い掛ける。
 なにも、彼女のことを心配した訳ではない。
 ここでアンリが怖気づけば、このままドラゴンズ・ピークまですぐに引き返すことが出来るからだ。
 それに、この惨状は、正直予想外だった。
 魔族云々などとは言っていられない。
 すぐに帰ってミルガズィアに知らせ、対策を講じなくては、更に事態は悪化する。
 オリヴィエの問い掛けに、アンリは静かに唇を噛み締めた。
 震えは、いつの間にか止まっている。

「アタシが行かなくて、誰があいつを止めるんだよ」
『・・・・・・』

 オリヴィエは、少し離れた場所で炸裂する、魔力の光を見付けていた。
 それに、小高い丘のようなものも見える。
 ザナッファーがいるなら、間違いなくあそこだ。

『行くぞ。振り落とされるなよ』

 オリヴィエは若干高度を下げ、先程よりもスピードを上げて、問題の場所を目指す。
 焦土の上を飛行し、それの全貌が明らかになってくると、

「なんだ、あれ・・・」

 アンリが、思わず声を漏らした。
 小高い丘だと思っていたもの。それは、丘などではなかった。
 白い巨体から伸びた、なだらかな首。
 あちこちから生えた触手からは、レーザー・ブレスの光が灯っている。
 あれが恐らく、ザナッファー。

「嘘だろ? あんなにでかくなってるなんて・・・」

 元々『ザナフェル』は、装着者の魔力を吸収して成長する、半生命体甲冑だ。
 それが暴走して、自我を持ち、際限なく成長しているのだろう。
 ザナッファーのいる場所に、いくつもの魔力の光が炸裂した。
 しかしザナッファーは堪えた素振りも見せず、伸ばした触手を一振りする。

「「ぐあっ!!??」」

 地面がえぐれ、土煙が視界を覆う。
 そこから、人の悲鳴が微かに聞こえると、アンリはサッと表情を変えた。

「あそこに行ってくれ!!」

 あまり人前に姿を見せたくないオリヴィエは、わずかに躊躇する。

「早く!!」

 急かされるままに、仕方なくオリヴィエはそこに向かうことにした。
 ザナッファーの上を飛び越える時、ちらりと横目で眼下にいる魔獣の様子を窺う。
 向こうも突如現れれたオリヴィエに、好奇と警戒の視線をなげかけていた。
 作りものの、ガラス玉のような金色の双眸。
 嫌な目だと思いながら、オリヴィエは視線を外した。



     *



 オリヴィエが降り立つと、傷だらけになった兵士や傭兵の間から、歓声に似たどよめきが上がった。
 アンリがオリヴィエの背中から跳び下りると、すぐさま人間の姿へと変化する。
 すでに竜の状態の姿を見られているのだから、あまり意味はないかも知れないが、下手に目立つのは嫌いだった。

「お前さんは・・・」

 その時、兵士たちの中から、至るところを包帯で止血した、年配の傭兵が歩み出てきた。
 アンリが、弾かれたようにそちらを向く。

「おじさん!!」
「本当に、連れてきたのか・・・? 竜族を・・・」

 どうやら、アンリの知り合いらしい。
 傭兵は、駆け寄るアンリと面倒臭そうにそっぽを向くオリヴィエとを、交互に見やった。

「おじさん、今の状況を教えてくれ」
「あ、ああ・・・。三日前から、ライゼールの兵士たちも来てるんだが、まったく歯が立たねえ。今は他の国に、応援を要請しているところだが・・・正直、絶望的だな。たとえ助けが来たって、あいつをどうにかできるとは、とてもじゃねえが思えねえ」
「そうか・・・」

 烈光の剣を握る、アンリの手に力が入る。

「竜族が来たと言うのは、本当か!!」

 その時、人ごみを割って、40過ぎくらいの兵士が姿を見せた。
 多少汚れているものの、輝く鎧に身を纏い、腰には立派な剣をぶら下げている。傭兵などではないことは、一目で分かった。
 近くにいた兵士がなにやら囁くと、中年の兵士がオリヴィエへと視線を走らせる。

「おお、貴方様が、黄金竜であらせられますか・・・」

 絶望の色濃かった表情に、希望の光が灯った。
 中年の兵士はオリヴィエの前に進み出ると、その手前で恭しく膝を付く。

「どうか、我らとともに、あの魔獣を・・・」
「勘違いするな」

 不機嫌な顔で、オリヴィエは中年の兵士の方を見ようともせずに、口を開く。

「オレはただの監視だ。お前たちを助けるつもりなどない」

 ざわりと、場がざわめく。
 オリヴィエの登場に、ようやく一縷の望みを見つけたと言うのに、それを呆気なく打ち砕かれたのだ。
 その場で膝を折る者もいた。
 竜族は自分たちだけが無事ならそれでいいのかと、罵倒する者もいた。
 騒々しさが広がりかけた、その時、

「あんな奴、頼る必要なんかない」

 アンリが声を張り上げる。
 思わず誰もが口を噤み、アンリへと視線を投げかけた。

「アタシがやる」
「なっ・・・無茶だ!! あいつには、武器も魔法も通用しねえ!! お前さんだって、手ひどくやられてただろうが!!」

 アンリの知り合いの傭兵が心配そうに止めるのを、彼女は微笑んで見返す。
 手にしていた烈光の剣を、静かに鞘から引き抜いた。
 女が扱うには大きすぎる柄だが、その先には大切な刃がついていない。
 誰もが訝しがる中、アンリはそれを両手で構える。

 イメージする。刃を――。
 あの魔獣すら、一撃で仕留められる武器を――。

「光よ!!」

 アンリの叫びに応え、柄が振動した。
 空気を震わせ、直後、光り輝く刃が出現する。

「「「なっ・・・!?」」」

 その場にいた誰もが、驚きに言葉を失う。
 こんな武器は見たこともない。
 アンリは、そんな彼らを見渡すと、軽い調子で笑い掛けた。

「じゃあ、行ってくる」

 輝く剣を手にし、アンリは魔獣――ザナッファーの元にゆっくりと歩み出した。






「驚いた・・・。こんな仕組みになってるなら、最初から言っとけよな・・・」

 光の刃を生み出した烈光の剣を見て、アンリはぽそっと呟いた。
 アンリの意思を汲み取り、刃と化しているのだろう。
 それは、強く輝いたり、弱く不安定になったりと、実に落ち着かない。

「こんな訳の分かんない武器をよこすくらいなら、もっと使いやすいのを貸してくれればいいのに・・・」
「文句を言うな」

 彼女の独り言に、間髪入れず後方から突っ込みが入れられる。
 アンリは憮然としたまま、肩越しに後ろを振り返った。

「なんであんたが付いてきてるんだよ」

 アンリから離れること五歩程度。
 そこに、オリヴィエがぴったりとくっ付いて歩いていた。
 憮然としたアンリ以上に、更に表情を険しくして、オリヴィエは口を開く。

「お前が死んだら、烈光の剣を回収する者が必要だ」
「あっ、そう」

 どうせそんなことだろうと思った。などと言いながら、アンリは再び前を向き直る。
 見渡す限り、なにもなくなった焼け野原。
 なにかあることすら場違いと思えるその光景に、不思議としっくりと溶け込みながら『そいつ』はアンリたちをジッと凝視していた。

「待たせたな。化け物」

 アンリは不敵な笑み浮かべる。

「もう一回聞いておくけど、手伝う気は?」
「毛頭ない」
「それを聞いて、安心した」

 烈光の剣の輝きが、一層強くなる。
 白銀に光る魔獣に向けて、アンリは剣の切っ先を突き付けた。

「行くぞ!!」

 大地を蹴って、アンリが走る。
 ザナッファーを目指して、一直線に突き進むが、向こうも容易く懐に飛び込ませるつもりはないようだ。
 触手を伸ばし、それをアンリへと集中して向かわせる。

「はあっ!!」

 気合一閃。
 アンリの振るった光の刃は、その触手を悉く迎え撃った。
 今まで、触手ですらこの魔獣を傷つけられたものなど、なかったのだから。
 いけると思ったのだろう。
 まるでアンリの心情を代弁するかのように、烈光の剣の輝きが更に増す。
 しかし、ザナッファーは冷静だった。
 他の、無事な触手を伸ばして、アンリの行く手を遮る。

「邪魔だ!!」

 同じことを繰り返したところで、それはなんの妨げにもならない。
 先ほどと同じ要領で、アンリは剣を振るった。
 だが、

「!?」

 アンリの目に、触手の先端が眩く光ったのが写る。
 他の触手を打ち払った、まさにその瞬間だった。
 逃げるには近すぎる。体制を立て直す時間もない。

「くっ・・・!!」

 苦肉の策として、アンリはほとんど倒れ込むようにその場で尻もちを付いた。
 直後、それまで彼女の頭のあった場所に、レーザー・ブレスが打ち出される。
 ホッとしたのも束の間、身動きの取れないアンリに向かって、触手は容赦なく襲いかかった。
 危険を察したのか、それらは彼女の持つ、烈光の剣を奪わんとする。

「!? 離せ、くそっ!!」

 慌てたアンリは、デタラメに剣を振り回す。
 どうにか身体を起こし、触手の届かない間合いの外へ、転がるようにして逃げ込んだ。

「はあ、はあ・・・」

 それは、ほんの数分程度の攻防であったはずだ。
 しかし、アンリの息は、もう何時間も走った後のように乱れていた。
 触手に絡め取られた場所がひどく傷む。
 骨は折れていないようだが、筋や筋肉くらいは傷めているようだ。
 レーザー・ブレスを放ちそうな触手に蹴りをいれたせいで、左足の膝から下に大きな火傷も負ってしまった。
 今にも崩れ落ちそうな体。
 それでも、アンリの意思は少しも弱まっていなかった。
 それは、烈光の剣に確かな手ごたえを感じたからだろう。
 彼女はこの魔獣を倒せると、そう信じているのだ。

「だああああああ!!!」

 気合を込めて、アンリが再び突っ込む。
 触手を薙ぎ払う。足は決して止まらない。
 本体のところに辿りつけば、必ず倒せると思っていた。
 怒涛の勢いに、ザナッファーが初めて後ずさる。
 追いうちをかけようとアンリがさらに一歩を踏み出した、その時、

 ガンッ!!

 後頭部を、なにかで殴りつけられる。

「なっ・・・!?」

 なにが起きたのか、アンリには理解できなかった。
 魔獣はまだ前にいて、彼女の後ろから攻撃するなど、不可能なはずなのに。
 倒れながら、振り返ったアンリが見たのは、大地から顔を出した、白銀の触手。
 さっき、ザナッファーが後ずさったのは囮だったのだ。
 彼女を、もう一歩だけ前へと踏み出させるための。
 地面に倒れ、脳震盪を起こしてすぐに動けないアンリを見下ろしながら、魔獣は大きな瞳を楽しげに細める。
 だが、

 ッヒュン・・・!!

 空を裂いて、一条の光が魔獣の身体に突き刺さった。
 耳を覆わんばかりの爆発音が、辺りに響き渡る。
 煙が晴れ、その奥から現れたのは、表面を黒く汚したものの傷一つ負っていない、ザナッファーの姿だった。
 ザナッファーは頭を巡らせ、自分に攻撃をしかけた者へと視線を送る。

『なぜ、その人間を助ける?』

 それは、ザナッファーが投げかけた問い掛けだった。
 答えは、すぐに返ってくる。

「助けた訳ではない。その剣を回収するのに、お前が邪魔だっただけだ」

 オリヴィエは淡々とした口調でそう言うと、それ以上、ザナッファーには目もくれず、倒れるアンリの元まで向かう。
 側に落ちた烈光の剣を拾おうと、手を伸ばすと、

「まだ、だ・・・」

 それより早く、アンリの手が弱々しく烈光の剣を握り直す。
 立ち上がろうともがくアンリを、オリヴィエは一瞥した。

「諦めろ、お前の負けだ」
「まだ・・・終わって、ない・・・」

 後頭部を殴られた拍子で、髪を止めていた紐が切れたらしい。
 茶色の髪を肩口から垂らしながら、アンリは起き上がった。
 朦朧とした意識を、引き締めるように、深く呼吸を繰り返す。

「なぜ、お前がそこまでする? ここはお前の故郷か?」

 オリヴィエの問いに、アンリはわずかに首を振った。
 ふらつく足で、立ち上がろうとしてはその度に転ぶ。それでも、アンリは諦めようとはしなかった。

「だったら・・・」
「故郷とか、そんなのは、どうでもよくて・・・」

 震える膝で、どうにかアンリはその場に立ち上がる。
 しかし、立っているだけでも限界のはずだ。
 この状態で、ザナッファーに立ち向かえるはずがない。
 だが、アンリは剣を構えた。
 両手で、しっかりと握ると、その先に佇む白銀の魔獣を睨み付ける。

「あいつに、殺されたんだ・・・。知り合いじゃないけど・・・子供がいるって、言ってた・・・」

 光の刃が、現れる。

「理由なんか、それで十分だ」

 倒れ込むようにして、アンリが走り出した。
 最後の気力を振り絞るように、声を上げて突進していく。
 それを見て、ザナッファーは微かに笑った。
 どんな武器を持っているとは言え、死にぞこないの人間が、ここまで届くはずがないと確信したからだ。

「あっあああああああ!!!」

 アンリが剣を振り上げる。
 ザナッファーが迎え撃つべく、触手からレーザー・ブレスを放とうとする。
 その時、

「ウラバザード・フレア!!」

 力ある呼びかけに応え、光の奔流がザナッファーめがけて突き進む。

『なっ・・・!?』

 ザナッファーの身体は傷一つ付いていない。
 しかし、今の呪文で、ザナッファーまでの道を阻んでいた障害は、全て取り除かれた。

「ああああああああ!!!」
『き、さまぁぁぁぁぁぁ!!!』

 憎悪の眼差しを、オリヴィエへと向けたザナッファーの首を、

 ザンッ!!!

 アンリの持つ烈光の剣が、胴体から切り離した。

090627